曖昧な約束
願い事ひとつだけ
起)会議は踊る、されど進まず



 鶴に一声、否、図書委員会顧問の一声だった。

 ――そうだ、七夕大会をしましょう、と。

 途端、図書室内は水を打ったかのようになった。
 怪訝に眉根を寄せる者、隣同士で顔を見合わせる者、口をぽかんと開いたまま瞬きを繰り返す者……と反応はそれぞれ異なるが、皆一様に動きを止め、発言者に視線を寄せた。

 七夕。
 天の川のあちらとこちらに別たれてしまった恋人たちの、年に一度の逢瀬によせて願いをかけるとかいう、そんな行事である。

「な、何ですか皆さん! そのいかにも反応に困った表情はっ!?」

 静寂をもたらしたのが彼ならば、やはりそれを破るのも松千代万、そのひとであった。
 器用なことに彼は小声で叫んだ。
 茹で上がった蛸のようにその顔色は真っ赤である。それが、恥ずかしさによるものなのか、それとも興奮によるものなのか判断に少し迷いながら、ひとりの少女が口を開いた。
「いえ、学園長先生ではなく、松千代先生主催の企画だなんて珍しいなあと思っただけです」
 そうですよね、と少女が周りの委員に視線を寄越せば、皆そろってうなずいた。
「ええっ!?」
 万は、衝撃を受けたのか声を裏返らせた。紅潮した顔を大きな掌で覆うと、彼は全身をわななかせた。そして――

「が、学園長を差し置いて企画の主催者になってしまった……! 恥ずかしいっ!!」

 彼は素早く近くの棚の影に身を潜めてしまった。
「……ええと、図書委員全員の注目を集めていることには反応しないんですねえ」
伽夜ちゃん、それは言わないでやって。余計ややこしくなるから」
 首を傾げる少女――上月伽夜に、隣に座っていた同級生の不破雷蔵がぼそりとうめいた。

「先輩方、のんきに言ってる場合ですか!」

 伽夜たちの正面に座り、傍観者の立場を気取っていた二年生の能勢久作が声を尖らせた。生真面目な彼は苛々と眉をひそめ、こちらを見上げてくる。
「委員会が進まなくなるじゃないですか……!」
「あ、それなら大丈夫です」
「うん。心配いらないと思うなあ」
 伽夜はひらひらと右手を後輩に振りながら。一方の雷蔵は手元の本に視線を落としながら、軽く言ってのける。
 所詮他人事、焦る二年生に対して五年生はどこまでも冷めていた。

「そんなことより、久作くん。そこ、危ないですよ」
「え? 今、なんて言ったんですか?」
 伽夜はぽつりと後輩に指摘を零した。聞き取れなかったのか、律儀にも久作が身を乗り出してくる。

 と、刹那だった。
 ごしゃっ。
 何か大きな激突音が図書室内の空気を震わせた。

 一瞬、何の音か理解できなかったらしい後輩が硬直して、振り返る。
「――――っ!?」
 久作は、声にならない悲鳴をあげた。彼の背後、つまり、五年生の視線の先には、図書委員長の中在家長次が立っていた。彼は黙したまま、『図書室で走るな』という張り紙を指差している。そして、反対側の手にはしっかりと縄標が握られていた。
「…………」

 すべてを理解して気が緩んだのか、久作が非難の声をあげた。
上月先輩、はっきりとおっしゃって下さいよ。危ないじゃないですか!」
「大声ではっきりと言ったら、こっちに飛んできたと思いますけど……」
 そちらのほうがよかったですか、と伽夜は久作の顔を覗き込んでやる。へらり、と笑ってやるのも忘れない。
「そ、そうじゃなくてっ!」
 一瞬怯んだようだが、それでも彼は怒鳴り声をあげた。

 ひゅんひゅんひゅん……
 それに応えるかのように、縄標のうなる音が響く。
「……ええと、その、ありがとうございました」
 片手で顔を押さえ、久作は、ぐったりとうめき声をあげた。
「さ、皆さん、七夕大会の準備をしますよ」
 委員会顧問が疲れたような顔で再び姿を現した。





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