
とっとっとっと……
部屋の外から聞こえてくる足音がある。
良く言えば軽やか、飾らずにそのまま形容するならば軽薄。すぐにでも転びそうな、一定ではなく大きさも速度もまばらに刻まれる音。
やがて、それはぴたりと止まり――教室の戸が勢いよく開かれ、埃まみれの少女が飛び込んてきた。元気いっぱいに叫んでくる。
「ご無沙汰しております!」
「…………」
いつもの教室の机にはこれまたいつも通り予算案を広げている。そこに視線を落としたまま、彼は特にどうということもなく感慨もなく、告げた。
「昨日も会っただろうが」
「え? あれ? そうですっけ?」
少女は目を白黒させながら首を傾げると、教室に入って引き戸を閉めた。
眉間を軽く揉みほぐし、息を長く吐く。
「伽夜、お前なあ……今日は一日座学だと言っていただろう。どうしてそうなる」
「おや、文次郎ちゃん。良い質問ですねえ」
嘆息が聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、年下の従妹殿は目をぱちくりさせた。いつになく眉を引き締め、人差し指をぴん、と立てる。それから唇を開く――
「そこに道があるからです」
「バカタレ! くのいち教室からここまで一本道のはずなのにどこをどう通ったらこんなに時間がかかるのだ!? 何をどうしたらそこまで埃だらけになれるのかと言っとるんだ!」
「難しいことを言いますねえ。教室を出て道なりに進んだ結果が今、なのではありませんか……?」
こちらの苦言を右から左へと流し、伽夜は首を傾げた。
「質問に質問を返すな!」
「そんなあ」
しおしお、と肩を落とす。所作に従って結髪が肩から滑り落ちた。見つけたばかりの棒をすぐに川に落とした犬のようである。と――
「それにしても忍たま教室では午後に五・六年生合同実技だと聞きましたが、元気ですねえ。さっすが文次郎ちゃん! 学園一ギンギンに忍者してますねえ!」
にこにこと笑みを浮かべて告げてくる。立ち直りが速いのか、切り替えが速いのか、苦言をまったく聞いていなかったのか。全部だろうな、と痛むこめかみを押さえ、文次郎は嘆息した。
「伽夜。そもそもお前という奴は……」
「あわわわ。せっかく話を反らしたのに更に火の手が!」
「こら! 話を聞き流すな!」
「あの、すみません」
茄子紺色の制服の少年が手を挙げ、申し訳なさそうに口を開いた。
「今は猫の手でも借りたい状況です。先輩方、予算案最終確認作業の続きをお願いできますか? 手伝っていただく側が言うのもアレですが上月先輩もそろそろ……」
途端、井桁模様の頭巾が大きく揺れ――机と衝突する前に田村三木ヱ門が自身の腕に寄りかからせた。苦言を零していた三木ヱ門はほっと息を落とした。
「ほら、こいつ、さっきからずっと夢の中でも算盤弾いてるんですよ」
小さな人差し指と親指が同じ速度でひたすらに動いている。このところ放課後は、会計委員会総出で夜遅くまで仕事に詰めているのだ。
文次郎と伽夜が揃って深く頭を下げれば、三木ヱ門はよろしい、とでも言うように頷いた。
「今夜こそ、こいつらを早く布団に返してやりましょうね」
左右から微睡む一年生に思い切り寄りかかられたまま、眉と頬の力を抜く三木ヱ門はなかなかどうして立派な先輩の顔つきをしている。
姿勢を正し、粛々と座り直すこちらを見て、三木ヱ門は言う。
「そうしていらっしゃるとお二人ともよく似ていますね」
弾かれたように伽夜と顔を見合わせれば、目をまあるくさせている。けれど、その大きな瞳には、隈の濃い男がこれまた瞠目しているのが見えた。くつくつと低く笑う後輩の声が、耳に届いた。