アルビレオの領分

おあとがよろしいようで

「どうした? 狐につままれた顔をして」
 こちらを気遣わしげに覗き込んできたのは、木崎レイジだった。
 いつもの大衆居酒屋。いつもの気心知れたメンバーの飲み会である。
「どちらかというと狸とバンド組んで腹叩きそうな顔してるよな」
 色の抜けた金髪を揺らしながら諏訪洸太郎が上手くないことを言ってのけた。寺島雷蔵は諏訪の背中に肘を乗せ、全体重を預けた。
「おやちょうどいいところにリクライニングチェアが。よっこいせ」
「粗末だが贅沢は言わん。眠い」
 ぼそりと合いの手を入れたのは風間蒼也だった。言うや否や寺島に相席を申し込んだ。つまり、小柄なのに高スペックで筋肉質な全身全霊でもって、諏訪の膝目がけて背面跳びをしたのである。「人間椅子やめろ」と何やら野太い悲鳴が聞こえてきた気もしたが、とりあえず無視した。
「先週の忘年会で苗字さんの隣の席になってさあ」

「へー。珍しいな。あのひと、めったにそういう席に参加しないんだろう?」
 年の離れた妹を大層可愛がるお兄ちゃんシスコンとしてボーダー内でも指折りのそのひとが、遅くまで開かれる飲み会に顔を出すのは極めて珍しい。件の妹ももう高校生だし、立派なボーダー戦闘員なのだが、長年の習慣というものは抜けないものらしい。親の帰りが遅い日はあまり一人にしたくないとのことだ。シスコンと言うよりも小学生男子を心配する母親と同じ領域である。こうして、かの先輩は飲み会屈指のレアキャラとなった。
「うん。でも、忘年会だから今回は絶対参加したいってノリノリでさあ、企画立ち上がった時には誰よりも早く出席簿に名前書いてたよ」
「微笑ましいな」
 家でも酒を嗜まないという苗字ブラザーは、同期の東春秋とも酒をめったに飲むことをしないらしい。久しぶりに顔を出した忘年会では遠足を翌日に控えた少年の如く瞳を煌めかせていた。
苗字さんとは同じエンジニア職でも専門も違うし、普段はそう接点がないからあまり話したことはないんだけど、結構盛り上がったんだよね」
 酔いの力もあって、大いに盛り上がった。レイガストの可能性から深夜のメロンパン、食堂の新メニューと話題は多岐に及んだ。が、意気投合したところでその事件は起きた。
「いやあ、寺島くんはいい子だねえ。今日はじっくり話せて楽しかったよ。これで今度友だちと美味いものでも食べなさい」と封筒を渡されたのだ。それも、やや厚い封筒を。

 静寂が耳を突いた。
 汗の搔いたジョッキをテーブルの端に寄せた木崎も、座席に散らばったメニュー表を骨張った指で整えていた諏訪もいつになく真剣な面持ちでこちらを見ていた。
 人間椅子もとい諏訪の固い膝枕でうたた寝をしていた風間が身を起こし、告げた。
「……中身は確かめたのか?」
 忘年会は午前様で帰宅したこともあったし、「寺島くん、友だちは人間に対する最高の尊称だぞう。大切にしなさいわはははは」とかなんとか上機嫌に笑う先輩と肩を組み締めのラーメンを食べ、公園でアイスモナカを半分こまでしたのに忘れていた。そもそも翌日から年末進行のトリガー解析で慌ただしく、封筒の存在は記憶の彼方に追いやられていたのだ。今日の飲み会で久々に友人と顔を見合わせたことでふと思い出したのだ。
 やたらきらきらしくやかましい三対の瞳に急かされ、寺島は例のやや分厚い封筒を鞄から取り出した。
 大きく息を吸い込み、吐いた。三拍置いてから慎重に封を開く。そして――
 その夜、一同の心は初めて一つになった。目を丸くして、天を仰ぎ、思いっきり脱力したのである。
 そこに入っていたのは、四膳の箸だった。


あとがきなど

ネタは高田さんの有名エピソードからお借りしました。美味しいものはこれで食べなさい。おあとがよろしいようで。