7話 時間の問題




「と、いうわけで。ちゃっちゃと手分けしてスイッチ発見、さくっと犯人確保です!」
 きらきらと瞳を輝かせながら軽く拳をあげて、サティは掛け声を出した。
「……おー」
 疲れたようにレオンも拳をあげる。
 と――何かに気づいたのか半眼でぼやいてきた。
「なんでそんなにはりきってるんだ?」
「へ?」
 サティはその姿勢のまま、ぱちぱちとまばたきした。
 嘆息混じりにレオンが続けてきた。
「あー、いや。はりきってるっつーか……昨日の話だとまだ時間はあるとか言ってたのにずいぶん急ぐんだな」
 彼女はあっさりと告げる。
「そうですよ。時間は明日までまだあります」
「は? 明日!?」
 レオンの頓狂な声にサティは眉を寄せた。けれども、迷いなく答えてやる。
「一応お仕事には期限があるんですよ。今回は明日まで。下手に延びると面倒ですから」
 そしてさらに拳を強く、ぐっと握って
「というわけで、面倒なことはとっとと終わらせましょう!」
「つーか前もって終わらせとけよ。そう思うのなら」
「……大切なのは今、そして未来です」
 と、告げてやると、彼は何故か疲れ切った様子で嘆息した。

 二人は黙々とスイッチ、つまり地下倉庫への入り口を探す作業に集中していた。
 何だかんだ言いつつも、まだセレストと正式に契約していないのに、今回の仕事を手伝うあたり、レオンは付き合いがいい。
 そう思ってサティはへらりと笑う。
 と――少し離れた場所にいたレオンが半眼で自分を見つめている。手を振ってやると、彼は盛大にため息をついた。思い切り顔をしかめ、再び地面にしゃがみこむのが見えた。
 サティも一つ息を吐き、改めてまわりを見渡した。
 元は白かったと思われる石畳は長年の風雨にさらされ、変色している。天井もないのに四方には太い柱。苔や蔦で覆われている。 周囲には、椅子のサイズと同じくらいの小さな柱がいくつも並んでいた。休憩所の役割でも果たしていたのかもしれない。その先には無駄に伸びた木々や、うっそうと茂る雑草が見える。
 あきれるほどの殺風景である。お世辞でもとても「元」交易所には見えない。おまけに、どこもそれらしいところは見当たらない。
 サティは手首のあたりで額をぬぐった――汗はかいていなかったが、気分の問題だ。一息つこうと一番近くの小さな柱――まるで切り株のようだ――に近寄る。
「ん?」
 彼女は首をかしげながら柱の上に置かれた石を手に取った。同時に、彼女の足下から地面が消えた。
「――――っ!?」
 声にならない悲鳴と共に、彼女は落下していった。


 聖都にそびえ立つ、荘厳な大聖堂の一室。
 凝った装丁の本が、天井まである高さの棚に整然と並べられている。机の上では細かい装飾を施された大きな燭台が、山積みの書類に影を落としている。
 窓ガラスを透かして、午後の柔らかな光が差し込んでくる。外は大変よい天気である。
 彼女はゆっくりとため息をつき、もう一度その書類に目を落とした。
 ――と。
 その報告書に、彼女はぞっとするものを覚えて、目を見張る。
 思わずそれを叩き置き、立ち上がる。ややあって長く息を吐くと、苛立たしげに毒づいた。
「またえらく……厄介なことになったわね」
 思案するように室内を見渡す。
「…………時間の問題、ね」
 呟きは誰にも聞かれずに消えていく。
 やがて背筋を伸ばし、よく響く声で言った。
「今すぐ陣を用意なさい!」


「…………ん?」
 レオンはふと手を休めて顔を上げた。天は周り、陽が西へと大きく傾き始めていた。
「何か言ったか? サティ」
 呼びかけても返事はない。
 不審に思って振り返る。
 誰もいない。――サティもいなかった。
 顔をしかめながらも、レオンはあたりを見渡した。
 ――と。
 先ほどまで彼女が立っていた所にぽっかりと穴のようなものが見えた。だが、彼が近寄った時には、穴はきれいに閉じていた。


 外の光の届かない空間。風もない。
 暗い石造りの通路に二つの影があった。
「アニキ、いつ頃引き上げます?」
 人影の一つが声を上げた。声は何重にも反響し、空気を震わせては消えていく。
 呼びかけられた方の返事はない。反応すらなかった。
「さっき村へ行ったら、聖都の方へ届を出すとか出さないとか連中が……」
 ぼそぼそとあとを続けるが、やはり返事はない。
「アニキ!」
 もう一つの人影がようやく振り返る。
「あ、ああ。どうしたケビン」
「聞いてなかったんスか!?」
 がりがりと頭を掻いて、ケビンと呼ばれた方が大きなため息を吐く。
「だから……!」
「……時間の問題だな」
 “アニキ”とやらの静かな声。
「なーんだ。聞いてるなら聞いてるってちゃんと……」
 そこまで言って、ケビンは声のトーンを落とす。
「アニキ、やっぱり変ッスよ最近。どっか具合でも……?」
「大丈夫。上手くやれるさ」
 彼はそう小さく呟く。
 それに答えるかのように右手にある剣が、わずかにきらめいた。