第8話 プライスレス
と――
「――――っ!」
サティは跳ねるようにして上体を起こした。状況を把握しようと、彼女は顔を上げた。心臓が、うるさい。
天井には、今まさに落とされた落とし穴が、大きく口を開けている――はずだった。
落下の衝撃は、なぜか落下地点に大量の干し草があったため、それがクッションとなっていてやわらげていた。
そこまで理解して彼女は深く嘆息した。
が、そこでふと気づく。
「…………あらかじめ用意されていた?」
そのサティの呟きと同時に……
背後で扉の開く音が響いた。振り向くとそこには――
「うわああああああああ!! あ、アアアニキ! 人が降ってきたっ!」
扉から入ってきたのは人間だった。赤毛の小柄な男。サティと目が合うや否や大声で叫び、凄まじい速度で走り去って行った。
「?」
サティはあっけにとられ、まばたきすることしかできなかった。
天井付近まで飛び、直接触れて確かめる。冷たい天井は押してみてもびくともしなかった。
「うーん。ダメだ。完全にふさがってる」
先ほど自分が持ち上げた石が仕掛けになっていることは理解する。
「表からしか開かない扉なんてあるんですかね……?」
やれやれと肩をすくめて、地上へと降りる。
着地と共に白い翼は空気に溶け込むようにして消えた。
(こんなときには便利ですよね)
――苦い思い出は消えないけれども。
彼女はほんの少し嗤った。
「とっとと出口を確保しようと思ったんですが――」
要するに出口がなければ作れば良いだけの話なのだ。何も問題はない。が、此処は仮にも「遺跡」である。大穴を空けたならば、レヴェランド・メールは決していい顔をしないだろう。
と、そこで彼女は思い至る。
(……同じ壊すでも犯人との激闘の末やむなく……の方がカタチ的にナイスな感じですね)
そして彼女はその部屋の中を見渡した。山盛りの干し草があるだけで、他には何もない。窓がない分、暗い。
(ネタは別の場所にあるということですか)
表情を引き締め、サティは先刻の男が顔を出した扉へと足を向けた。
サティは通路を進んで行く。
中の空気はひんやりと冷たい。薄暗いが、明るくてもさほど見た目が変わるほどではない。ただ灰色の石ばかりなのだ。
突き当たりにくりぬかれたような大穴があった。部屋の入り口らしい。
何となく、ポケットの中を意識する。中には大聖堂特製の護符が入っている。魔術も剣術も扱えない自分の唯一の武器であり、盾でもある。
その部屋は壁一面が棚で囲まれ、真ん中にはワゴン付きの台が置いてあった。それらの中や上には、この灰色の景色に不釣合いなものが、ばらばらと無造作に並べられている。
銀色の毛皮、細かい装飾の施された燭台、彩りの美しい絵皿に焼き物。青玉や赤玉の指輪。
ポケットから盗品リストを取り出し、ざっと確認する。
吐息とともに呟いた。
「……ビンゴ、ですね」
「――いらっしゃい」
響いたのは、男の低い声。
彼女はゆっくりと振り返る。
「どういたしまして」
その男は、明るい金髪に不釣合いな色あせた紺のジャケット姿であった。手には、一振りの剣。
男は笑うわけでも、焦るわけでもなく、ただ淡白な調子で告げてきた。
「ケビンの奴が届がどうのこうのと騒いでいたが、ずいぶんとお早いお出ましで」
サティも負けじと相手を睨む。
「それなら話が早くて結構です。犯行を認めますか?」
「――認めないっていったら?」
「あなたがかなり痛い目に遭って、連行させられる。それだけです」
ネタは上がっていますから、と彼女は付け加える。
男はそれに返事をせず、ただその茶色の瞳を細めた。
「異色の瞳……ね。あんた、ハーフか」
ハーフ。
人間とエルフ、エルフと獣人など異種族の間に生まれた者たちのことを、このアルスではそう呼んでいる。左右異なる色の瞳の者が多く、それは両者の性質を継いでいる「しるし」とされている。
近年は社会から阻害されることもなくなってきたが、奇異の瞳で見られることはまだ少なくない。
サティは答えない。答える義務も義理もなかった。
男の振る剣の気配。
サティは考えるより早く、上へ飛び退く。
それを見上げて男は嗤う。
「なるほど。有翼人のハーフ、ね。これはこれは珍しい」
うつむいて――
「刃の長い剣と短い剣。赤玉の指輪に青玉の指輪」
言葉を紡ぐ。小さな声だったが、不思議とよく響いた。
「…………同じように、値段をつけるつもりですか? ……命にも」
「まあ、いいよな。どの道終わりだ」
吐き捨てるように言って、男は剣を持ち直す。それに呼応するかのように刃がきらめく。黒い刃のそれは、奇妙な光沢だった。
「――――っ!?」
声にならない悲鳴を上げて、サティは地面へと落下する。
身体に力が入らない。瞳の焦点も定まらない。
「 」
男の声が響く。しかし、耳には入ってこない。
そのままサティは思考を手放した。
人目がない、その交易所跡地にレオンは一人立っていた。夕方のひんやりとした風が、髪をなでる。
彼は大きく嘆息した。
「まさか」
思わず、言葉に出して漏らす。
「先に帰っちまったってことはないよな……」
彼は顔を上げる。
うっそうと茂る木々の向こうに、紅と橙に暮れなずむ空が見える。
村の方角から、夕食の支度の匂いがした。
(……あの切り替えの速さからしてそんな気もしなくもないよな)
はてしなくのんきな彼女の笑顔を思い浮かべる。わずか一日ほどの付き合いだが、その線が濃いのはやはり否定できない。
改めて先ほどの穴が開いたところを確認してみるが、しっかりと閉じている。ここにいるのは、彼自身だけだった。
彼女の説明を思い出す。
夜や天気の悪い時はきれいさっぱり片付けてあったそうです――
ということは、商品を載せる台も当然そうだったと考えられる。
「……商品搬入用の穴、か。さっきのは」
穴から商品を落とすことなど聞いたことがないが、ありえないこともないのだろう。
ならば。
「出すための通路も当然あるってことだな」
澄んでいる風にさらされ、髪とマントが揺れる。
彼の足下で、靴の裏が、かすれた音を立てた。