昼時のファティマ中心街はアルカディア中からやってきた人々で溢れ返っている。老若男女、様々な種族の人々が店々の軒先で商品を眺めては、あちこちで方言混じりの会話や挨拶を交わしている。

 レオンはなんとか人混みを縫って歩き、パン屋『ヘイゼル』のウィンドウに近づいた。
「あ、やっぱりここにいたのか」
 目当ての人物を見つけ、レオンも焼きたてのパンの香りが漂う店内へ足を入れた。

「サティ」

「え?」
 亜麻色の髪の少女――サティはこちらに顔を向ける。左手にバスケットを持ち、右手でパントングを構えていた。
 他の買い物客を避けて、レオンは彼女のそばへ寄る。
「ちょっといいか? 聞きたいことがあるんだが」
「?」
 目をぱちくりさせて、彼女はこちらを見つめ返してくる。
「マリーベルさんって知ってるか?」
「はい?」
「……マリーベルさんって知ってるかって聞いたんだけど」
 眉根を寄せて、もう一度、告げる。
「え? なんですかマリ……? ああ、マリボーチーズのパンですか。他の食パンの類と同じようにカウンターで切り分けてくれますよ。サンドイッチになっている方なら、あっちのコーナーにありますけど……」
「いや、そうじゃなくて。俺はマリーベルさんという人を――」
「あああああっ!!」
 唐突にサティが悲鳴をあげた。
「何だよ!?」
 半眼で聞き返すと、サティは顔色を蒼白にして肩を震わせた。彼女の眼は、驚愕に見開かれていた。まるで惨劇を目の当たりにしてしまったかのように。
 レオンが怪訝に思いつつも見守っていると、彼女はふらり、とよろけて後ずさりした。眉間にしわを寄せて、小さくかぶりを振る。そして。
 ひきつった声で彼女は叫んだ。
「そんな馬鹿な!? 不味くもなく美味くもないあのメロンパンが売り切れるだなんて! 信じられないっ!!」
 と――
 ごほんっ、と誰かが大きな咳払いをした。
 振り向くと、カウンターから白いコック帽を被った男がこちらを見つめていた。『ヘイゼル』の店主である。彼は、ただ静かに微笑みを浮かべている。奇妙に眉を引きつらせながら。

「…………」

 しばらく沈黙してから
「そんな日もあるだろ、たまには」
 レオンはそっと指摘した。
「馬鹿なことを言わないで下さいっ!」
 間を空けずに彼女は叫び返してきた。素早く詰め寄ってくると、パントングをこちらの喉元に突きつけ、一気にまくし立ててきた。トングの放つ銀色の光がやけに眩しい。
「いいですか? お腹が空いたときに食べると美味しいような美味しくないような――という微妙な味で専ら評判のメロンパンなんですよ!? 売り切れなんてまず起こるはずないでしょうっ?」
「……誰が食うんだよ、そんなパン」
 思わず半眼で返す。
 と――

 ばんっ!

 なにやら激しい破裂音のような鋭い音が響き渡った。
 背筋に冷たいものが伝うのを感じ、レオンは恐る恐る振り返った。


「……言いたいことはそれだけか?」
 ヘイゼル店主が、犬歯を見せて、ただ一言そう告げた。

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手 探 り の フ ー ガ 2