「レオン君のせいですよ」
 頭に頂戴したたんこぶをさすりながら、サティがみじめな声をあげた。
 反射的にレオンは告げてやる。
「どう考えてもお前のせいだろ。自業自得」
「……そんなこと、ないです」
 言い返してくる声は、どことなく覇気がない。
「…………?」
「……レオン君が話しかけさえしなければ買えましたよ、メロンパン」
「そっちかよ」
 半眼になって、返す。
 が、彼女の耳には入らなかったようだ。
「…………そもそも、美味しいものっていうのは、美味しくないものがなければ存在できないんです」
 分かるような分からないようなことを呟きながら、しゅんとしたように彼女はうなだれる。
「えーと……」
 思わず目が泳ぐ。気まずい思いを抱いたのだ。一応。
 こほん、と軽く咳払いをして、口を開く。
「なあ、マリーベルさんって知ってるか?」
「え?」
 きょとん、と彼女はまばたきをし、繰り返した。

「マリーベル、さん……?」

 レオンはうなずき、包みを掲げて見せた。
「これを渡すように頼まれてな。セレストにいる人らしいんだが、俺はまだ入ったばかりだからさ。お前なら知ってるんじゃないかと思って聞いてみたんだけど」
 尋ねると、彼女は首を傾げた。
「いえ、私も知らないです。代行人のメンバーでその名前は聞いたことないですよ」
「じゃあ、大聖堂で働く他の人にいるんじゃないか?」
「……他の人? うーん――」

 サティは、思案げに虚空を見上げた。だが、空を見ているわけではないようだ。遠い目をして、見えないどこかを彷徨っている。

「――わかんないです。大聖堂で働く人と一口で言っても、大勢いますし。さすがに全員の顔と名前の一致は……」
「そうか。弱ったな……」
 レオンは肩をすくめた。
 と――
「あ!」
 思いついたように、サティが声をあげる。顔を向けると、彼女は人差し指を一本立てて言ってきた。
「レヴェランド・メールに聞いてみたらどうですか? メールなら全員の何から何まで把握してますよ」
 彼女の提案に、レオンはため息混じりに返す。
「あー、そうしたいのも山々なんだが……。今、忙殺寸前らしいぞ、あのひと」
「そういえば今日はまたすごい数でしたものね、ツアー客。ファティマ観光協会と集まりがあるって言ってましたし」
 セレスト大聖堂の方向を見つめながら、彼女は十字を切る。

 レオンは大きく息をついた。彼女から視線を外し、前方を見据える。ファティマで一番老舗の書店、『新世界』が見えてくる。



 店先に見知った姿を見かけて、レオンは足を止めた。すらっとした男が立っている。長い黒髪を尻尾のように結んでいる彼は、まるで通りの喧騒など耳に入らないかのように本を読んでいた。
 サティもまた彼に気づいたようだった。片手を上げて声をかけた。
「ハル君」
「おう」
 が。
 返事をしたのは彼ではなかった。
 店の奥から現れた、男だった。
 ほぼ白髪と言っても差し支えのない灰色の頭髪は、やや後退気味。白い眉は鋭く吊り上がり、それに沿うように上がった目は、血走っている。少々くすんだ黒いエプロンは、金色の糸で刺繍されていた。「万巻の書物に光を掴め――新世界――」と。
 男――『新世界』店主は、片手ではたきを握り締め、肩をわななかせた。
「おうおうおう、ハルド。……てめえ、何時間立ち読みしやがるつもりだ? ええ?」
「ほんの六時間ほど」
 ハル君、ハルドことジーク・ハルド・アートルムは、眉一つ動かさずに答えた。目線は本に落としたまま。

 みし。

 何かの破壊音が耳を通った。
 気のせいでなければ、店主のはたきが折れ曲がっている。
「…………一切買わずに完読しようとする今世紀最大の図々しさ、本当にジークゆず――」

 だんっ!

 派手な音が耳を突いた。
 ジークが、自身の前に山高に積み上げた本を叩いたのだ。
 彼はいつのまにか――というよりは、何故か――装着していた眼鏡を中指で押し上げながら、叫んだ。
「おっちゃん、これくれ!」

 続けざまに響いたのは、軽快に算盤を弾く音だった。
「まいど」

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手 探 り の フ ー ガ 3