サティの話によると、今日の午前中、大聖堂の受付係がハーフエルフの人たちの組だったらしい。今頃は食堂で休んでいるはずだという彼女の提案に従い、レオンたちは観光客の間を縫って大聖堂へと戻った。



 昼時という時間帯のせいもあるのだろうが、食堂内も混雑している。
 サティとジークが目当ての人たちを探して、食堂の中をゆっくりと見回した。受付係と面識のないレオンには、二人についていくことしかできない。
 談笑している様々な者たちの間をすり抜けながら、進んでいく。
何人かは二人と、あるいはその一方と顔見知りらしく、こちらに気づいて挨拶をしてくるが、二人は適当に手を振って応えていた。

 食堂の奥。日の当たる窓際に、三人の女性が座っている。三人ともレオンやジークより少し上、おそらく自分の姉と同じぐらいの年齢に見えた。彼女たちはホットチョコレートやプリンなどのデザートを前に、おしゃべりを楽しんでいるようだった。
 そのそばまで寄るとサティがまず、こんにちは、と頭を下げた。
「あら、こんにちは」
「ごきげんよう。今日もいい天気ねー」
「こんにちは。今日は非番なの?」
 彼女たちもにこやかに挨拶を返す。
 続けてジークが挨拶をすると、いつこちらに帰ってきたのかとか、やれ研究の調子はどうだ、とか矢継ぎ早に質問を浴びせた。これにはジークも少々戸惑ったようで、曖昧な笑みを浮かべて適当に返事をしていた。
 それらをぼんやりと眺めていると、サティに袖を引っ張られた。
「何だよ……」
 怪訝に思いつつ、レオンは少女を見下ろした。少女はのんきな笑顔でこちらを見つめている。
「あなた、見かけない顔だけど、新人君?」
「初めまして、よね?」
「そうね、中じゃ見かけないものねえ」
 女性たちがレオンの方へ一斉に顔を向けた。碧に黒、茶褐色と瞳の色に違いはあれど、そろって面白そうな視線を注いでくる。
 サティがにこにこと告げた。
「こちらは、先日から代行人(エージェント)として正式に私の舎弟になったレオン・カーディナライト(18)君です」
「まあ、そうだったの。感心ね」
「見た感じからして、代行人じゃないかと思ってたのよ」
「そういえば、そんな顔してるわねえ」
「……………………どーも」
 レオンはぐったりと頭を下げた。色々と突っ込むべきところが多すぎたのだ。
 女性たちは気にした様子もなく、会話を続けている。
 そのおしゃべりはこちらの存在を忘れたまま、はるか遠くへ行ってしまいそうなものがあった。
 話をどう切り出してよいものか、レオンは困惑しながらサティを見下ろした。それが通じたか、彼女があっさりと本題に触れた。
「つかぬことを聞きますが、マリーベルさんって知ってます?」
 思案顔で彼女たちは話し始めた。
「マリーベル? うーん。うちにはそんなひといないよねえ」
「そうねえ…………あ、もしかして、ベルクソンさんじゃない?」
「ああ!」
「?」
 よくは分からないまま、レオンは眼差しで聞き返した。それを感じ取ったのか、一人が補足してくれた。
「マリーもベルクソンも同じ名前の人が二人いて、ややこしいからマリー・ベルクソンさんの方をマリーベルさんって呼んでたの」
「なるほど。で、その人は今どこに?」
「この間結婚して、ウォルサムに移っちゃったけど……」
「先月とかですか?」
 間髪入れずに問う。
 つい最近ならば、行き違いがあっても無理はないだろう。
 が。
「ううん。八年ぐらい前」
「…………全然この間じゃねえし」
 思わず普段の口調で突っ込んだ。
 レオンの指摘に、婦人たちは動きを止めた。が、それも一瞬のことであった。
「えー、そうかしら?」
「そうよ。八年なんてこの間よねー、先月なら『ちょい前』って言うじゃない。普通」
「そうよそうよ。――それにしても、近頃の若いもんは態度がなってないんじゃないかしらねえ」
「そうそう。あたしも前から思ってたんだけど、年長者に対する礼儀ってものが欠けてると思わない?」
「全く失礼しちゃうわよね。ちょっと長生きしてるだけでおばさん呼ばわりされるし。こっちからすりゃ、ガキがナマ言ってんじゃねえって感じよねえ?」
「こちとらエルフ間じゃ、ヤングだっつーの。そうそう、さっきも――」
「…………えーと」
 火がついたかのようにさざめきたてる婦人たちに、どう反応したものかレオンには分からなかった。
 と――
 左足に激痛が走った。
「!」
 反射的にそちらに顔を向けると、予想通りサティがにこにこと微笑んでいた。
 そのまますばやく手を伸ばし、彼女はレオンの襟首を強く掴んできた。身長の差で身体が無理に反り返る。半眼でにらみつけるが、これまた予想通り彼女はこちらを無視したまま、のんきな声をあげた。
「それじゃ、とても貴重なご意見をありがとうございました!」
「おねえさま方、どうぞ良い午後を〜」
 ちゃ、とジークも右手を上げる。
「あら〜、いいのよ別に」
「そうよ。ああ、三人とも良い午後をね〜」
「ビアンカさんとウェントゥスにもよろしく言っといてね〜」
 彼女たちもひらひらと手を振りかえしてきた。とても上機嫌な笑みを浮かべて。
 レオンは彼女たちが遠ざかるのをぼんやりと眺めた。
……遠ざかっているのは襟首をつかまれ、ずるずると引っ張られている自分ではあったのだが。



「全く、君ってひとは。……ダメダメじゃないですか」

 ようやくレオンを解放すると、サティは大げさに嘆息してみせた。
「なんでだよ」
 レオンが彼女に半眼を向ける。
 ぎん、とこちらを睨みつけて、彼女は語気を強めてきた。
「だって、あんなこと言うなんて! いくら無知とはいえ危険極まりないですよっ!」
 まあまあ、とジークがサティを軽くたしなめる。彼は苦笑しながらこちらに向き直る。
「あのさ、エルフってさ、メールやうちのばあちゃん見てりゃ分かると思うけど、長命な種族なんだよ」
「知ってる」
 素直にレオンはうなずく。相手はますます紺碧の瞳に苦笑を宿らせた。
「うん。つまりさ、俺たちヒトよりはずっと長い時間を生きるわけだから、時間の概念がちょっとばかり違うんだよな。エルフの集団の中で暮らしているなら、それは全く問題にはならない。でも、他の種族からすると、六、七十代っていうのは立派な年輩だからさ、エルフ界では若者に当たるひとなのにそういう目で見てしまいがちなんだよね」
「……それが、エルフからすると面白くないってことか」
「そ。そーいうこと。大多数は気を悪くするから……ま、そうじゃないうちのばあちゃんみたいのはマイナーな方だけどね」
 そこで彼の声は途切れた。
 その顔がみるみるうちに色を失っていく。蒼白からほとんど土気色へと。
 彼は、眉間にしわを寄せて、重々しく息を吐き出した。そして。
 死んだ魚のような目をしてうめいた。
「……時間の概念と関係してるかどうかは知らんけど、ありがたいお説教もその分長い。っつーことで、以後気をつけてくれ――頼むから」
 サティはというと、がちがちと歯を鳴らしていた。怒っているのではない。震えている。血の気の引いた頬が細かくひきつっているのも見える。

 レオンは意識無意識すべてを総動員して悟る。

「…………」

 長い沈黙を吐き出して、レオンがとりあえずとった行動は――たったひとつのことだった。
「すいませんでした」
 ただひたすらに、頭を下げた。

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手 探 り の フ ー ガ 5