さまざまな色の肌、髪、瞳の者がさざめき、礼拝堂内はますますヒートアップしていた。 あちらでガイドが蒼い十字架について語り始めれば、こちらで別のガイドがステンドグラスの精緻なデザインの物語を始めるという大盛況ぶりである。仮に話を聞き漏らしたとしても、別の団体の説明で簡単に補うことができるという具合であった。 渡り廊下の壁に寄りかかり、そのざわめきをぼんやりと眺める。 中庭から吹き抜けてくる風が、心地よい。 レオンはため息混じりに呟いた。 「……全然収穫がねえな」 手分けして聞き込みをしていたサティが戻ってきた。よろよろとレオンのそばに座り込む。 「駄目です。無駄骨折りまくってますよ……」 複雑骨折だな――と、ジークが真顔で現れる。 「…………」 なんとなく反応するのも面倒で、レオンは沈黙だけを吐いた。 傷ついたようにジークが顔をひきつらせたが、レオンはやはり無視した。 「あ!」 サティが突然立ち上がった。 そのままの姿勢でレオンは怪訝な視線を投げる。 「どうした?」 「いえ、一つだけいい方法があったなあと……」 「「?」」 まばたきを繰り返すレオンとジークに、彼女は前方の扉をびしっと指さした。 「…………」 レオンは無言のまま、サティの人差し指が示しているドアのプレートを読み上げていた――レヴェランド・メール執務室。 彼女はそのまま自信たっぷりと告げてくる。 「メールに聞けばいいんですよ。メールなら知ってて当然ですから」 「でも、忙殺寸前なんだろ? 追い返されるんじゃあ……」 間髪入れずにレオンが指摘する。 しかし、彼女は、ちっちっちっち、と人差し指を振った。古臭いジェスチャーである。 「大丈夫です。今の私たちには、心強い味方がついていますから」 レオンの怪訝な視線に、彼女はしごく真面目にうなずき返す。 それから傍らのジークへと視線を移した。 「そう――ハル君です」 「は、俺?」 突然自分に矛先を向けられ、ハル君ことジークが目を丸くした。 「そうです。ハル君からメールに聞いてもらえばいいんですよ。ハル君はセレストの人間じゃありませんから、たとえメールが最高に不機嫌だったとしても手加減しますよ。……………………たぶん」 「俺はリーサルウェポンかい。……って、待て待て待て。たぶんって何だ? たぶんって!?」 ジークが悲鳴じみた声をあげる。 「ハル君、ゴーです! ゴー!」 きらりと目を輝かせ、サティがジークの背中をレヴェランド・メール執務室の方へと押す。 「厭だっ、断固として拒否する!」 ジークもジークで必死に抵抗し、背中を思いっきりのけぞらせる。 「あら」 向こうから――つまりは執務室からではなく廊下の向こうから、レヴェランド・メールそのひとが声をあげるのが聞こえてきた。 見ると、彼女は両手に書類を何束も抱えていた。 蒼白く疲れたような顔をして、こちらの姿を認める。 「二人とも今日も元気そうね――無駄に」 彼女は口元をゆるめ、柔らかく笑いかけてみせた。 ちょうどその時、体感温度が二度ほど下がった気がしてレオンの腕に鳥肌が立った。 彼女は確かに笑っている。が、きらめく紫の双眸には、どこか恐ろしい光があった。――カエルを睨む蛇のような…… とっとと失せろ、というようなニュアンスが、そこはかとなく含まれていた気がする。 が、寒気はすぐに止まった。 「あら?」 ジークの方へと目を移した彼女の動きも、はたと止まる。彼女は驚いたように紫の双眸を開いた。 「?」 不思議そうに見つめ返すレオンとジークを無視して、メールはジークの後ろの方へ目をやった。 「ああ、サティ。こんにちは」 どうやらジークの後ろにいるサティの姿を認めたようだ。 関心がサティへと移って、レオンはほっと息をついた。額の冷や汗を拭おうとして、ふと、引っかかるものを感じる。 「ん?」 と、動きを止めた。 同じように安堵の吐息を漏らすジークは無視して、彼はレヴェランド・メールへと再び視線を戻した。今度はしっかりと確認する。彼女の紫色の双眸が、和んでいる。 また、彼女の声は、透明な響きを保っていた。機嫌が悪ければ、たいてい刺々しさというものは声にいくらか表れるものである。しかし、気のせいでなければ、彼女の声音はいつも以上に優しく響いている。 「サティ、始末書を読んだけど、もうちょっとどうにかならないかしら?」 「どうにかって……」 声をひきつらせまくったサティが、ジークの後ろから顔を出す。 「本題の記述に問題はないわよ。全然。――ただ、ポエムの方が、ね」 「!?」 「悪いけど、ちょっと立て込んでるからここで言うわよ」 と、メールは書類の束から一枚をぺらりと取り出した。 刹那。 「ぎゃー――――!!」 悲鳴とも奇声とも取れる大音声がその場に激しく響き渡った。 「なななな何するんですか止めて下さいよっ!」 急き込んで、彼女はレヴェランド・メールに詰め寄った。メールはさっと避ける。その勢いで、ひらり、と始末書が宙を舞う。 が、地面に落ちる間もなくジークが掴み取った。好プレーである。 彼はそのままレオンのそばに寄ると、こちらに見えるようにそれを広げた。 『サティ・レインフォルム』 始末書は、大変意外なことに整った文字で記されていた。 「愛。」 「愛の冷めた二人」 「それは 餡のないアンパンそのものだ」 メールに何事か訴えていたサティが、ざっとこちらへ振り向く。冷や汗をだらだらと流しながら、悲痛な叫びをあげてくる。 「ふ、二人して声に出して読まんで下さいっ! 何ですかいじめですかいじめですよねっ!?」 「あー、なんつーかポエムって言うよりは……連想ゲームか、これ?」 「いや……大喜利だろ?」 真顔でぼやくジークに、レオンも真面目に返す。 「…………」 きらり、とジークの紺碧の双眸に光が灯る。 間髪入れずに彼はポン、と右手で左手を打った。 「おお、それだ」 ひきつりまくった顔でサティが一喝した。 「ひ、ひとの芸術に余計な口挟まないで下さい!」 「――サティ」 そっと、透明な響きを持つ声。つまり、レヴェランド・メールの声。 落ち着いた柔らかな言葉で、彼女が告げるのが耳に入った。 「今回はこのままで構わないわ。でも、次は今回よりも少しでもポエムに近づけていけるようにしましょうね。あなたならできるわよね? だって、サティも本当はやればできる子なんだから」 きらめく紫色の双眸が、微かな笑みを含んで彼女を見つめた。 偉大なる母の、慈愛に満ちた微笑みである。 「……はい」 複雑な表情で、サティが汗を垂らしながらうめく。 目許に微笑を宿らせたままのメールの言葉が耳を通った。 「それじゃあ、あたしはこれで。これから観光協会と打ち合わせがあるのよ。皆、良い午後をね」 彼女はきびすを返し、廊下の向こうへと早足で去っていった。 ひらひらと手を振って見送りながら、ジークが爽やかな顔で呟く。 「…………怒られるより、優しく諭された方がかえってきつかったりするもんだよな」 「俺もそう思う」 「外野はすっこんでいて下さいよう……」 苦虫を噛み潰しまくった顔で、サティがうめく。 そんな彼女の肩を、ポン、とジークが叩いた。 「……さっちー、君って奴はつくづくすごいな! あの機嫌の悪かったメールを哀れませるくらいのポエムを書くだなんて! おにーさんは心から感動したぞ!」 「俺も見直したよ。すげー才能だな。やろうと思っても、あれはなかなかできんと思うぞ?」 レオンも真顔で同意する。 「…………ほ、ほっといて下さい」 両手に顔を埋めて、サティはその場にへなへなとうずくまった。 |