アルビレオの領分
にっこり。澄んだ碧眼を思い切り細めると、少年は可愛らしく首を傾げてみせた。こてん。
「ぶっちゃけ、王子とはどういうご関係で?」
「ごかんけい」
シャープペンをマイクのように向けてくるインタビュアー犬飼澄晴の勢いに呑まれ、苗字名前は目を白黒させた。
D組との世界史合同授業の時間である。歴史科目の日本史と世界史はそれぞれの選択者で教室を分けて行われている。日本史組はC組教室へ、世界史組は隣のD組へと生徒はそれぞれ移動して受講しているのだ。
いつもならば眠気を誘う魔の五限目である。けれども、担当教諭の体調不良による不在で今日は自習となった。代わりに出されたプリント課題に各自が黙々と取り組む形になったのだ。
代行で教室に来てくれた教諭は、全員にプリントが行き渡るのを確認するなり「明日の六限終了時にクラスの教科係が集めて提出すること。じゃ、あとは各自静かに取り組めよ」と言い残して退出してしまった。大抵は監督として残るものだが、定期考査が終わったばかりということもあり、答案採点の他にも提出ノートの確認などで仕事が山積みのようだ。
プリントの設問にざっと目を通し、名前もまた他の生徒同様にげんなりと息を吐く。
受験向き問題集のコピーから出題されているようだ。これはきっと採点された上、評定に加味されるかもだ……。
教室内のざわめきに頷いて、苗字名前も眉をきりりと引き締めた。設問数が多いのだ。それから選択問題の選択肢が多すぎる。残り四十五分弱で終わるだろうか。否、この時間内に終わらせるには欠伸をかみ殺している場合ではない。明日は英語ライティングの小テストがあるし、数学の授業でも当てられることになっているのだ。
その矢先のことである。前の席に腰掛けていた犬飼澄晴が満面の笑みを浮かべて振り返ったのは。
「苗字ちゃん、ごきげんよーう」
合同授業なので毎回席順は自由だ。ただし、教卓正面ロイヤルアリーナボックスシートは、いつも予約がない。とどのつまり、D組の教室に来るのに後れを取ると、強制的にその席に座ることが約束されてしまう。昼休み直後、世はまさに大睡魔時代突入の五時限目である。そこに座るには並大抵の覚悟では足りない。五分前行動、だいじ。
ロイヤルアリーナボックスシート回避に気を取られていたが、どうやら今日借りた席は、D組の犬飼の真後ろだったらしい。
「犬飼くんこんにちは」
「やだなあ。硬い、硬い。シールドそんなに貼らんでよし。同じボーダー仲間で世界史合同授業同士の仲じゃん。仲良くしよう」
きらん。碧眼と白い歯から飛んできた星が眩しい。名前は目を細めた。五時限目なのに元気が爆発している。マーベラス。
早い話が、プリントを半分ずつ解いて見せ合う協定を持ちかけられたのである。定期考査が一昨日終わったばかりということもあり、教室全体もどこか緩んだ空気が流れている。進学校といえども、そうした緩急は必要だ。
名前もこくり、と頷いた。
答案交換の取引時刻まであと五分――
犬飼が机を名前の方に寄せてきた。先に解き終わり手持ち無沙汰になったらしい。
「ご関係……ニックネーム?」
「そ。きみのニックネーム。ずばり、王子さんちの一彰くんとはどういったご関係なの?」
「……おとなりさん」
反応が、遅れた。ちょうど黄河流域と長江流域を南北に結ぶ大運河を建設した皇帝の煬帝と、その父が文帝だと空欄を埋めていたので。
「へー。おとなりさん、ねえ」
「うん。昔から王子家とはおとなりさん同士」
へらり。少女もまた頬を緩めて答える。どういうも何も王子家は隣家である。事実を端的に述べたのに、相手はますます笑みを深めた。眦も唇もきれいな弧を描いている。友人各位にも彼の笑顔は概ね好評な人好きのする無敵に素敵スマイルだ。それが今、名前に惜しみなく向けられている。
「またまたー、苗字ちゃんってば。ほらほら、もっとあるでしょ? 二人の付き合いの歴史だって短くはないんでしょう?」
ますます口角を上げる少年に、名前は瞬きを返す。なにゆえ幼馴染みの王子一彰との歴史を紐解く必要があるのか。チャイムが鳴るまでに律令制や租調庸制の名称と内容の組み合わせを選ぶ方が大事なのでは。受験向き問題集からの出題と思われるプリントの問題文は、かなり意地悪な文章である。選択肢が多すぎる。全部盛りの大盤振る舞いにもほどがある。この半分くらいで良いのでは。
「え、え? 一年や二年の短い付き合いではないことは確かだね……?」
シャープペンをマイクのように向けてくるインタビュアー犬飼の勢いに呑まれ、名前は目を白黒させた。
「うん! これこれ!」
くつくつと犬飼が喉で笑った。同盟によって二分割したはずの設問だが、名前に割り当てられた方が設問も選択肢も細かい。租調庸制の選択肢は裏面まで続いている。これを乗り越えたらきみもぼくもわたしもあなたも立派な租調庸制王になれる! 気がする。
けれども、試合終了。ウェストミンスターの鐘の音、諸行無常の響きあり。授業終了のチャイムが鳴ったのだ。
結局、犬飼の意図が読めず、同盟を結んだはずのプリント半分の領土はあと一歩のところで征服が叶わなかった。まことに遺憾ながら租調庸制マスターにもなれなかった。
「ごめんね。犬飼くん。終わらなくて同盟は守れなかったよ……」
がっくりと肩を落とし、犬飼に謝罪する。
「いやいや、こちらこそごめん。早く終わったからっておれが邪魔したわけだし」
「そうだね」
大きく頷いてしまった。つい。
きょとん。犬飼は呆気にとられたかのように碧い瞳を大きく瞬かせたが、
「あははは。言うねえ、さすがはあの王子の幼馴染み」
すぐに破顔した。いみじくも快男児、犬飼澄晴である。
「苗字ちゃんはこのあとまっすぐ本部?」
「うん」
防衛任務も待機任務もソロランク戦の用事もないが、本部に寄る理由がある。国近柚宇に漫画を貸す約束をしているのだ。定期考査が終わったので解禁だ。
名前がそれを話すと、大輪が咲いた。犬飼が思いっきり微笑んだのだ。彼の背後になにやら豪華できらきらしい花が舞っている。
「それは良かった。おれも掃除当番が終わったら本部に行くからさ、後で合流しようよ。苗字ちゃんの用事終わった後で同盟の続きと洒落込もう」
フルアタックスマイル、再び。名前は眩しさに目を細めた。
大きな手のひらでプリントを掲げ、首を傾げた犬飼澄晴の完璧な笑顔。「無敵に素敵スマイル」「そこらの女子より計算し尽くされた輝けるきゅるんきゅるん」「三年連続で、偉大な品質となった犬飼スマイル」「心地よく、偉大な繊細さと複雑味のある香りを持ち合わせた笑顔」と評していたのはクラスの友人だったか、同じ委員会のガールズだったか。進学校と謳われた我が校でもそうした話題はナチュラルに上る。女子高生とはエンターテインメントを常に探求する生き物なので。
犬飼の満開の笑顔の花。確かに輝くばかりの美しさだ。人の話は七割差し引いて聞く名前でも、「わあ、綺麗」と感嘆の声が漏れる。
が、苗字名前は美しすぎると評判の兄に、まるで王子様のようと定評の幼馴染みの元で育った生き物である。美しさを体現した人々を見慣れているので、それ以上に特別な感慨を持つことはない。客観的に見て、綺麗だとは感じるのだが、ひとの容姿の美醜や良し悪しには鈍感になった。友人の加賀美にも「やっぱり、飢えと乾きこそが人を芸術家たらしめる要因なのかも」と神妙な面持ちをされたことがある。
その代わり、名前には美しい生き物が微笑みを湛えているのはわくわくしているからだな、というのを察知するスキルだけは身についた。場の空気を和ますための気遣いによるものではなく、単に面白い気持ちを隠せずに表に漏れ出た笑顔であるかを区別できるということである。
きゅるんきゅるん味豊かで、滑らかでバランスの取れた笑みを浮かべた犬飼もまた、わくわくとした面白がる気持ちを隠せていない。いや、彼の場合、隠そうとさえしていないのだろう。現に頬も口元も肩もずっと震えている。
「……わたしの用事が終わってからで良ければ」
「いえいえ、おかまいなく。元はといえば、時間内に終わらなかったの、同盟持ちかけたおれが喋り続けたからだしねえ。でも、苗字ちゃんもあと一息じゃん。きみならできる。がんばれ! ファイト!」
「犬飼くん……」
「ああ、おれが答案写させてもらう間、苗字ちゃんと王子の幼馴染みとっておきふるふるハートフル☆秘話をBGMに聴きたいだなんて考えてないからおかまいなく。全ッ然っ、まったく。これっぽっちも」
「……犬飼くん」
どう見積もってもそちらが目的である。今、言い終わる前にも少しだけ噴き出していた。
相手を不快にしないギリギリの距離まで詰め、ここぞというタイミングでおねだりを撃つ。さすが二宮隊が誇るマスタークラスの銃手さまである。
ため息と共に返す。
「そのエピソードをお求めならば、修学旅行二日目夜までに親密度をあと五〇〇〇〇ポイントお支払いいただきたく」
「うわっ……おれの親密度、低すぎ」
骨張った大きな手のひらで口元を覆い、衝撃にかぶりを振った犬飼をじっと見上げる。
「まかりません」
ただ一言返せば、犬飼は碧眼をゆるゆると綻ばせた。
「やはは、これは厳しい。じゃあ、苗字ちゃん、また後でね」
無敵に素敵、本気に強気好奇心スマイルをとどめとばかりに撃ち込まれた。速やかに業務的に頭を下げ、名前は撤退を決めた。敵の本城D組である。余所者には眩しすぎる。そのきゅるんきゅるんした笑顔はどうかクラスメイトの皆様に振る舞っていただきたい。
「ほ~、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので」
貸したのはグルメ漫画ではない。けれども、グルメ漫画じみた台詞、入りました。
「……柚宇ちゃん、面白がってるでしょう」
「うん。だって、いつの世も花のJKは面白さを求めるハンターだからねえ」
「えー……」
笑い声を漏らす国近柚宇を、名前はじっと見つめた。
犬飼が現われるまでにプリントをとにかく終わらせる。合流したらプリントを交換し、可及的速やかに写し合って解散する。自己ベスト更新を最速で狙え。チープなスリルに身をまかせもしたくないし、明日におびえたくもない。
シンプルに宣言し、苗字名前が世界史課題プリントを広げたのは、界境防衛機関「ボーダー」ラウンジである。
六頴館だけでなく、三門一高も中学校も定期考査が終わったばかりだからか、今日はあちこちで笑い声が明るく弾けている。
「あだ名から恋バナって聞いたことないからさあ。面白そうじゃん。わたしも聞きた~い」
頬杖をついて、目も口も頬も緩みきった笑みを浮かべる国近を一瞥し、名前は租調庸制の設問に目線を戻した。
「恋バナですか。そこになければないですねえ」
「え~、いいじゃん、減るもんじゃないし」
「え、減るよね? 犬飼くん出現までに課題進めるわたしの時間が!」
「もー! ノリが悪いぞあだ名」
ぷう、と大きく国近が頬を膨らませた。同学年女子たちの間でもすらりと背の高い国近だが、愛嬌たっぷりのその仕草をすると可愛い。とても。
ついつい口元が緩みかけたものの、すぐに眉に力を入れた。
「そのエピソード解放には修学旅行二日目夜までに、あと五〇〇〇〇〇〇〇〇ポイント親密度あげてくださーい」
「うわっ……わたしとあだ名の親密度、低すぎ! かなしい。わたしはかなしいよあだ名。わたしたち二人で積み上げた楽しい思い出はあんなこと、こんなこと、そんなことまでいっぱいあったでしょう!?」
よよよ、と泣き崩れる国近に名前は頷いた。
「うんうん。玄宗だねえ」
「心、こもってな~い!」
「うんうん。開元の治だねえ」
返事もそぞろになるのは是非もない。税制改革や徴兵制度の見直しを行い、社会の安定をもたらした唐の六代皇帝何某の時代はナントカと呼ばれた――目下、プリント内にて空前の繁栄をしている唐について、自己ベスト更新の勢いで空欄を埋めねばならないので。
国近が貸したばかりの漫画を読み進め、名前が設問を解き終わっても犬飼はまだ現われなかった。明確に待ち合わせ時刻を決めたわけではない。まあいいか、と名前は座ったまま肩甲骨を伸ばした。
「おつかれちゃ~ん」
国近が緩く笑い、名前の両肩を揉み始めた。
「効きますなあ」
「まあ、恋バナはともかく、そういえばあだ名から王子くんの話ってあんまり聞いたことないかも」
「聞きますなあ……」
名前の目つきが胡乱になった。国近は名前の両肩にあたたかい手のひらを載せたまま、名前の顔を上から覗き込んだ。
「そこに恋があるかないかは主題じゃないよ。ただ、わたしはもっとあだ名たちのことを知りたいな、って思ってる」
澄みきった国近のまあるい瞳。その奥でやわらかく揺れる灯りに名前の姿が映り込んでいる。
「……ニックネーム本人の居ないところで、ニックネームのことを話すのってあんまり好きじゃない」
本人不在の場で彼のことを話す。本人抜きで彼について語る。たとえ名前が称賛しても、聞く人が聞けば悪口になる。哀しいけれど、世の中、そういうものである。
だから、名前は幼馴染みの王子一彰について、本人不在の場では一切語らない。大切な幼馴染みなのだ。彼にとって自分もまたそうした幼馴染みでありたい。いつだって彼にとって、フェアでありたいのだ。
「呼んだかい?」
よく聞き慣れた、いや、耳に馴染みすぎた涼やかなテノールが名前の耳に届いた。
「あははははは!」
ようやっと合流した犬飼澄晴は腹を抱えたまま、ずっとこの調子である。
「そりゃ、苗字ちゃんと王子の幼馴染みとっておきふるふるハートフル☆トーークをリクエストしたのはおれだけどさあ、本人も召喚するって何!? サービス精神ありすぎでしょ!」
こちらの顔を見るなり、くの字に長い身体を曲げ笑い転げている。笑いすぎである。早くプリントを受け取っていただきたい。
「スミくんのお呼びとあらばいつだって参上するとも」
「こっちは欠かさずトドメまで刺してくるし……!」
きらり、と星をきらめかせる幼馴染み殿に犬飼は息も絶え絶えだ。プリント空欄を一刻も早く埋めてこのままお帰りいただくことを応援したい。
「大事な幼馴染みのピンチに現われる王子様かあ。ほ~、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので」
「柚宇ちゃん、さっきと言ってること違う」
歯がみしてうめく名前に、国近はかぶりを振った。
「すまんなあだ名、わたしもJKの端くれ。つまり、面白さを追い求めるハンターの一人なのだ」
きらん。国近柚宇、今日一番の瞳の輝きである。華奢な右親指を、ぐ、と立てている。犬飼はといえば、まだ腹を抱えてヘドバンに全集中している。世界史課題プリント同盟会談にはまだ臨めそうにない。名前が渋面を作れば、涼やかな声がその場を制した。
「あだ名、彼らに構わず続けるといい」
渋面のまま名前は胸中で長い息を吐いた。
「……ニックネーム」
「なあに?」
無邪気にきょとんと――しか言いようがないのだが――首を斜めに傾げてみせる幼馴染みの王子一彰に、名前はがっくりとうなだれた。首から力が抜け、ついでに言えば肩からも力が抜けていく。
口を尖らせて、上目遣いに――身長の差でどうしてもそうなるのだが――名前は続けた。
「なんでニックネームが。というか、ニックネーム、どこから聞いていたの?」
「そうだね……」
彼の翡翠の瞳は、色素が薄くて長い睫毛に覆われた。幕が下りたように美しい翠色は隠れてしまった。彼は思案するかのように閉じていた瞳を再び開き、ややあってから、ちゃ、と手をあげて言ってくる。
「ほ~、いいじゃないか。こういうのでいいんだよ、こういうので」
「お、最初からじゃん。やるなあ王子くん」
国近の合いの手に名前は全身をわななかせたが、当の一彰はまったく素知らぬ面持ちで足を組み直して軽くため息をついてみせる。
「おやおや、あだ名が言ったんだろう? 本人不在の場でぼくの話をするのは好きじゃないって。だからきみの希望通り最初からそっと見守っていたんじゃないか」
「確かに言ったけど……それは盗み聞きでは」
そもそも居るなら居るって最初から言ってほしい。名前がそう指摘すれば、指揮棒を構えるマエストロ王子一彰そのひとは、ただ鷹揚に「そうとも言うね」と笑んでみせた。
「…………」
何を返す気にもなれず、うつむく。床には自分の影が映っていた。
「名前」
よく通る澄みきったその声。
名前はうなだれたまま座り直した。一彰は昔から何か大事な話をするとき、いつも自分のことを愛称ではなく正しい名で呼ぶ。
名前は答えることができずにただ、唇を引き結んでいた。
できたのは、ほんの少しだけ、顔を上げることだった――彼の顔が見えるように、ほんの少しだけ。少しだけ。
「大丈夫。ここに居るよ」
視界に入ってきた一彰の表情は、凪いでいる。静かに敷かれたその笑み。けれども、翡翠の瞳にあるのは、いっとう眩しい光だ。その煌めきは昔から少しも変わらない。
「ちゃんとぼくはここに居る。だから聴かせてよ、きみの話」
一彰の声が、眼差しが、名前にまっすぐと届く。名前は、自分の顔が、彼につられて緩むのに任せた。
「……うん」
彼女は、頷いた。
何度見ても、見慣れているはずなのに、いつだって、やっぱり幼馴染み殿のこの笑顔に自分は弱いなあ、と思いながら。
幼馴染みの王子一彰のことを、どのように思っているか。
問われれば、苗字名前はシンプルにそう答える。昔から自慢の幼馴染みだ、と。
彼は夜空でいっとう明るく輝く星のようなひとだ、と心の中で添えながら。
二人はどのような関係なのか。
訊かれたら、苗字名前は淡々とこう答える。
おとなりさん同士だ、と。
そして、胸中でそっと付け加える。
彼はいつだって夜空でいっとう明るく輝く星のようなひとで、自分は夜の海の中で彼が煌々と照らす光に救われた船乗りなのだ、と。
そこにあるのは憧憬でも崇拝でも信仰でも、もちろん恋愛感情などでもない。いつだって、彼は変わらずに昔から名前を照らす星のようなひとなのだから。
小さい頃から物を探すのが早かった。物覚えも少しだけ良かった。
人も物も建物もあちこち細かく描かれている絵本。ページを開いて父がお題を出すなり、赤と白の縞模様のシャツに眼鏡をかけたお兄さんとその愉快な友だちも、彼らの落とし物もすぐに見つけられた。
イタリアンファミリーレストランの間違い探しは、おしぼりとメニュー表を店員が届けに来る前には全て見つけ終わっていた。
祖父母も両親も歳の離れた兄も手放しに褒めてくれたし、それがいつものことなので、ごくごく普通でどこでも当たり前の出来事なのだと少女は思っていた。そういうものだと信じていた。
けれども、「妙だな。どうやらこれはグローバル・スタンダードではないらしいぞ」と名前は思い知ることになってしまった。幼稚園に入園してからの日々は衝撃の連続だったのだ。
たとえば夏休み前。先生が例の絵本のページを開いた瞬間、赤と白の縞模様の服の人が落としたピンバッジを発見していたのはクラスで名前だけだった。そのうえ、二〇ページに登場するボールペンはインクの残量が十二ページ右下でうっかり落としたときよりも減っているのが見えた。帰りの会の今日楽しかったことを一言発表する順番が来たので「お兄さんはちゃんとペンを拾って記事をたくさん書けたからよかったです」と話した。友だちにも先生にも「よく見ているねえ」「すごいね」「なまえちゃんは、めがねのおにいさんがだいすきなんだねえ」とびっくりされた。
絵本の「チェックリスト」も「おまけのさがしもの」も一番に人差し指が伸びたのは名前だった。
たとえば、かるた大会。神経衰弱。いつも一等賞をとっていたのは名前で、同じ組の勝ち気で負けず嫌いの子を何度も泣かせてしまった。
たとえば、乗り物図鑑に鉄道図鑑、恐竜図鑑。
飛行機が大好きだと公言している子よりも先に機体の種類も翼の名称もエンブレムも把握しては泣かれたり、「わかった! オレのことが大好きだから名前ちゃんもオレの好きな新幹線を先におぼえたんでしょ! 大きくなったらけっこんしてあげてもいいよ!」と謎ムーブをかまされたりした。謎ムーブをかます男の子を誰よりも慕っているらしい女の子に睨まれたり、大泣きされたり仲間はずれにされたり、先生にもらった「よくできました」シールを逆さまに貼られたりする謎事件も起きた。けれども、春休み後、件のガールは名前にいじわるしたことなどすっかり忘れていた。
彼女は名前のひらがな練習帖の「そ」と「て」と「ね」ページに貼ってもらえたピカピカに輝く「よくできましたシール」を許可なく剥がし、「春のパン祭りシール」に貼り替えていったことなどすっかり忘れている。名前の手を握り、一緒にブランコに乗ることをニコニコ提案してくる。謎ムーブをかましてきたボーイも、新幹線の名前はもうそれほど覚えていないようだ。テレビで放送している戦隊ヒーローについて、つらつらと歴代の名前を嬉しそうに教えてくれた。
いじわるされたことを名前だけが覚えているということは、哀しかった。だって、忘れたくても一度見たものは、覚えているのだ。名前だけが、あのとき感じた哀しくてさびしい気持ちと共に置き去りにされたみたいだ。
小さなわだかまりはいくつもいくつも降り積もっていった。そして、ついに名前は爆発した。
こんなところにはいられない。もうかえる。
幼稚園に居るのが嫌になり、家に帰ることにしたのだ。
家までの道のりは知っている。だって、園バスが毎日同じ道を通って運んでくれているのだから。
踏み台を使って壁をよじ登り、幼稚園の外に出た。
外れた靴のストラップに指を伸ばしたら、名前よりちょっとだけ大きな指が先に星型のボタンを留めてくれた。
怪訝に思って顔を上げれば、おとなりさんちの王子一彰が正面にいて、こちらをじっと見ている。
いつもと同じくやさしい微笑みを浮かべているのに、一彰の視線には妙な力が籠もっていて、名前はつい一歩後ろに下がった。すると、一彰は一歩分大きく足を踏み出して、こちらに寄ってくる。
「ニ、ニ、ニックネーム……?」
どうしたんだ、どうしてここにいるんだと目線で問うと、じっと瞳を覗き込まれた。
「名前。困るじゃないか」
「え……あ、はい……」
妙な迫力に名前はこくん、と言葉も唾も飲み込む。いつもならば彼は彼が付けたお気に入りのあだ名で呼んでくるはずなのに、名前で呼ばれた。父も兄も、大切な話をするときは、いつも名前の名前をちゃんと呼ぶ。一彰もなにやら怒っているようだ。先生に言いつけられるかもしれない。
身をすくませた名前は、ぎゅう、と手のひらを握り込む。一彰はやわらかいのに凄みのある表情のまま、言ってきた。
「困るじゃないか。名前ひとりでおもしろそうなことをして。だめだよ、ぼくも誘ってくれなきゃ」
それから一彰は、握り込んだ名前の手を解くようにそっと取り、先を促した。
「じゃあ、どこから行こうか?」
彼は訳を聞くわけでもなく、咎めるわけでもなく、ただ笑った。いつものように。にっこりと。
一彰は何も聞こうとしなかった。分かれ道に着けば、名前がどちらに進みたいのかを汲み取ってくれた。
初めこそ怒りで頭が沸騰していたとはいえ、頭が冷えた後の名前の後ろめたさも決まりの悪さも、このあと先生にも親にも怒られるだろう怯えも後悔も、名前が抱く葛藤も何もかも見透かしているだろうに言葉には出さず、一彰はただ静かに笑って名前が進む道のりに同行してくれた。
彼女は、祖父母にも両親にも歳の離れた兄にも大事に大事に育まれた。一人きりで、自分で何かを選んで歩くのは、初めてだった。それは、胸がすく思いもするのに、どこかちょっと怖かった。だから、隣家の王子さんちの一彰くんが何も言わずに名前に着いてきてくれたのには、とても勇気づけられた。(が、今なら分かる。彼は皆が幼稚園にいる間、近所を冒険することを面白がっていた。完全に。完璧に)
自宅近くの公園がようやく見えたときである。
「ちょっと休もうか」
それまで黙していた一彰の提案に、名前は一も二もなく頷いた。知っている道ではあるが、幼稚園から歩いてここまで来たのだ。足は随分くたびれていた。
真っ昼間の公園は閑散としていた。いつもならば順番をじっくり待つ必要があるブランコも乗り放題だった。名前がそちらに足を踏み出せば、くん、と手のひらを引っ張られた。
「今日は冒険デーだからね、こっちにしよう」
一彰が左の人差し指で指したのは、ゴンドラ型のブランコだった。こくん、と名前も頷いた。ずっと彼は名前の旅に着いてきてくれたのだ。リクエストには応えたい。
名前を先に座らせると、彼も正面に座った。
公園では、芽吹き始めたやわらかな草木が陽光を浴びてのびのび背比べをしている。冷たさの取れた風が、木陰を揺らした。零れ落ちた陽射しが一彰の色素の薄い髪を滑り落ち、きらきらと光を振りまいた。
「そうかなあ。いいもの持ってると思うけど」
のどかな光景に気も口もつい緩んでしまったらしい。
言うつもりはなかったのに、話すつもりはなかったのに、どうして名前は幼稚園を飛び出した理由を喋っているのだろう。
一彰が何も言わずに美しい翡翠の瞳をじっとこちらを向けてくるものだから。きっと、そのせいだ。
他の子より少しだけ物覚えが良い。それも一目見ただけで覚えられる。それは事実ではあるが、口にしてしまったら、きっとだめだ。鼻高々に得意げにした、嘘ばかりついていたピノキオのように嫌な子になってしまう。いつだって、名前にも誰にでも公平であり続けてくれるやさしい幼馴染みの一彰をがっかりさせたくない。失望されたくない。
けれども、一彰はただ言ったのだ。
「そうかなあ。いいもの持ってると思うけど」
ひやりとした手のひらが、名前の髪にのせられ、びくっと身体が跳ねる。
びっくりさせてごめんね、と一彰はやさしく声を転がすと、名前よりも少しだけ広い手のひらで名前の髪を、頭を、額を撫でた。ゆっくり。ゆっくりと。
「そうかな?」
名前が小さくそれだけを返すと、一彰は口角を緩めた。
「そうだよ。いいものだよ。きみが思うより、ずっと、ずうっとね」
一彰は大きく頷いた。
今、彼のよく澄んだ翡翠の瞳に映るのは、小さな少女ひとりだけだ。まあるく目も口も大きく開いたままの間の抜けた名前の姿だけが、そのやさしい翠玉に映っている。
「ぼくたちが大きくなって、そうだなあ。ぼくたちが今のあだ名のお兄さんくらいまですくすく背が伸びたら、足の大きさも長さも変わるだろう?」
それはそうだ。名前も大きくなったら父の背も兄の背も追い抜かすビッグな人間になる予定なのだ。大きくなったら今度は名前が、兄の頭も一彰のさらさらの髪もわしゃわしゃ撫で回す予定なのだ。いつも二人に押されるつむじだって倍返しでプッシュするつもりだ。
「そうしたら、足の一歩ずつの長さも、こうしてバスに乗らずに園から家まで歩く道の長さも感じ方も変わる。あだ名がさっきまでずっとにらめっこしていた地面までの長さだって、あだ名がぼくを見上げるついでに今眺めた桜の枝までの長さも見え方もきっと変わる。なぜって、ぼくたちも大きくなるから」
ぴん、と人差し指を立て、一彰は微笑む。
「今の見え方をこの先もきちんと覚えていようと思っていても、ぼくは忘れてしまうよ。きっとね。だって、去年のぼくは、あの桜がどう見えていたか覚えていようと思っていたはずなのに忘れてしまったんだもの。でも、きみは、ちゃあんと全部覚えているんだろう?」
こくん、と名前は頷いた。彼が指す桜の木を、じっと見つめる。
去年は、うぐいすが先ほど留まっていた枝からつぼみがつき始めた。けれども、最初に花が綻び始めたのはそこから二本左隣にある細い枝だった。
「さっき一緒に見た田中さんちの桜のつぼみの大きさも、園庭で明日と明後日に少しずつ膨らむ分も、来週には開き始める花の早いもの順も。去年一番最初にうぐいすが留まっていた枝も。でも、お兄さんやぼくが忘れていたとしても、ちゃんときみはぼくたちに教えてくれるだろう?」
真剣なまなざしに、名前の心臓がどきどきと早鐘を打つ。
「名前なら忘れないよ。楽しかったことも、ときめいたことも。きみはきっと、ぼくよりもきみのお兄さんたちよりもずっとずうっとたくさん覚えていてくれるよ」
ふっと一彰の表情が緩む。それはとても素敵なことだよ、と紡いだその笑顔は、名前がいっとう好きな一彰のいつものやさしい笑みだ。
「だから、ぼくたちのものよりずっと大きい名前の素敵なアルバムにたくさん楽しかったことを詰め込んで、ぼくたちにお喋りしてよ。毎日でなくて時々でいいから。楽しいものって大事なものだからね。名前が分けても良いものだけでよいから。そしたら、ぼくもごほうびに今日のとっておきのあだ名のことを教えてあげる」
「とっておきのあだ名?」
「そう。今日のきみはとっても悪い子だったってこと」
笑みを含んだ声。翡翠の瞳には新しい遊びを覚えたときのようにきらきらとした輝きで満ちあふれている。
「先生にも友だちにも何も言わずにこっそり教室を出て。踏み台をよたよた力いっぱい動かして。ちょこまか壁をよじ登って。上から下に思いっきりジャンプして。それから靴のボタンを留めようとしたとき、お兄さんとはぐれたときとおんなじ泣きそうな顔して――」
たまらなくなった名前は、指折り数え始める少年の両手を、きゅう、と掴んだ。
「ニックネーム、見てたの?」
「見てたよ」
「全部?」
「うん」
朱く染まった名前の顔が、兄にお気に入りのリボンで結ってもらった長い髪が、翡翠の瞳の奥でわたわた揺れている。
甘いのにどこか癖のある、清涼感のある薄荷の香りも混ぜたような笑顔で見つめ、彼は紡いだ。
「ちゃんとぼくはここに居るよ。だから聴かせて、きみの話」
名前には返事ができなかった。名前をそのまま受け入れてくれたことが嬉しいのに、嬉しくてたまらないのに、何も言葉が出なかった。歳の離れた兄のご機嫌なおはなしも、この幼馴染みのやさしいお喋りも毎日聴かされて、名前も口は達者になったはずなのに、何一つ――世界でいっとう素敵な言葉を贈ってくれた――幼馴染みに返せる言葉を選び取ることができなかった。
できたのは、ほんの少しだけ、そう、ほんの少しだけ、顔を上げることだった――彼の顔が見えるように、少しだけ。ほんの少しだけ。
名前は、一彰の両手をきゅう、と握り返し、頬をふにゃりと緩めたのだ。
そういうわけで、名前の小さな体にずっと吹き荒れていた嵐は鎮まった。宵闇の海で、ずっと小舟の上でひとりぼっちだった名前を、いっとう明るく煌めく星がやさしく照らしてくれたのだ。
幼馴染みの王子一彰のことを、どのように思っているか。
問われれば、苗字名前は「とても賢くてとびきりやさしい自慢の幼馴染み」とそう答える。
夜空でいっとう明るく輝く星のようなひとなのだ、と。胸中でそっと添えて。
二人はどのような関係なのか。
訊かれたら、苗字名前は胸を張ってこう答える。
おとなりさん同士だ、と。
そして、胸中でそっと付け加える。
彼はいつだって夜空でいっとう明るく輝く星のようなひとで、自分は夜の海の中で彼が煌々と照らす光に救われた船乗りなのだ、と。
そこにあるのは憧憬でも崇拝でも信仰でも、もちろん恋愛感情などでもない。いつだって、彼は変わらずに昔から名前を照らす星のようなひとなのだから。名前もまたその星の輝きを目指すのにふさわしい船乗りであり続けたいと願っている。
だって、おとなりさんちの王子一彰は、名前にとって、かけがえのない親愛なる幼馴染みさまなのだから。
「……いっぱい喋ったら疲れた」
締めくくって、顔を上げた。
何故だか国近も犬飼も一彰も一様に微笑んでいた。
きゅるんきゅるん味豊かで、滑らかでバランスの取れた笑顔を浮かべた犬飼が人差し指を立てた。
「知ってる? 苗字ちゃん、世界はそれを――」
「愛と呼ぶんだろう? 知っているとも。そうだろう、あだ名」
カルピスを薄めずに原液で飲み干したかの如く甘い声で囁く犬飼に、一彰が鷹揚に頷いた。
「……なんでニックネームが答えるの?」
「愉快なことを言うスミくんに、ぼくからのご褒美さ」
首を傾げた名前に、王子様は果てしなく爽やかにウインクをお見舞いし、星を煌めかせた。けらけら笑う犬飼を机の端に寄せ、エンターテインメント・ハンター国近がもう一狩りを提案した。
「はいはーい。王子くん、わたしからもひとつだけよろしいですか?」
水曜夜十時放送ドラマのクレバーな相棒刑事のように、ハンター国近は人差し指をピンと立てた。
「なんだい?」
「王子くんにとって、あだ名はどんな子ですか?」
名前のシャープペンをいつの間にか手にした彼女は、マイクを名前の幼馴染みに向けた。
「お、さすがA級一位。助走なしに一気に斬り込むねえ」
犬飼は、窮屈そうに大きな体を机の端で縮めたまま口笛を吹いた。器用である。
一彰はそっと言葉を紡いだ。いつもの静かな微笑みを浮かべたまま。
「あだ名はいい子だろう? おとなりの苗字さんちのあだ名は、昔からずっと、ずうっといい子なんだ。小さくて賢くてすばしっこくて、少しだけ物覚えが良くて、それになんといっても可愛い。ぼくの自慢の幼馴染みだよ」
「そっか~、ありがと!」
国近はとろけるように笑うと、名前をぎゅうっと抱きしめた。細い髪からやわらかくて甘い柑橘系のシャンプーの香りが漂い、鼻をくすぐった。名前は目をぱちくりさせた。
「柚宇ちゃん? なあに?」
「あだ名、きみは知っているかね?」
にやにやと眦も口元も緩みきった国近は、手のひらで筒を作ると名前の耳元でこう囁いた。
「王子くんもあだ名のこと、あだ名が居ないところでは絶対に話さないんだよ。名前の前では常にフェアでありたいんだって。王子くんにとってのあだ名も大事な幼馴染み。おそろいだね」
たまらなくなった名前は、抱きしめてくれる友人の背中に手を回し、そのセーラー服の裾をきゅう、と握った。
耳元でくすくす笑う国近は、もうひとつだけささめいた。
「大事にされてるねえ」
とびきりやさしくやわらかな響き。
こくん、と名前も頷いた。すると、上機嫌に笑い声を立てた彼女は、名前の頭をわしわし撫で始めた。いつになく激しく熱いビートを刻んでいる。
「柚宇ちゃん! つむじ押すのやめて! ストップ!」
名前が助けを求めても、目の前の男子二人はなまぬるく微笑みを浮かべただけだ。
課題プリント同盟を結んだはずの犬飼も喉を鳴らして笑っているし、一彰も微笑みを湛えたまま佇むだけだ。
「縮む! 縮むから……!」
名前の悲鳴じみた声に交じって、なにやら聞こえてきたような気もする。
コンパクトに全身を器用に畳んだ犬飼が、一彰に向かってなにやらしみじみと話しかけているのが。
「……不器用な守り方だねえ」
「うん? 何か言ったかな、スミくん」
「いやいや、なーんにも」
「うん?」
「うーわー、圧がヤバい。いや、きみさあ、苗字ちゃんの話題が上ると、いつも無理矢理話を終わらせるのに今日はちゃんと話してくれたからさ。珍しいなって」
「そりゃそうさ。本人抜きでこの子のことを話すのはフェアじゃないから」
「いやいや、本人の前で小犬褒めるのと変わらない形容は正直どうかと……」
「おや、心外だなあ。ちゃんと可愛いと思っているのに。そうだなあ、あだ名の結婚式に将来お呼ばれしたときには、とっておきの一発芸を披露したいくらいには可愛い子だって思ってるよ。ちなみにぼくは二次会でテーブルクロス引きしようと思うんだけど、スミくんもクラスのお友達も一緒にどうかな?」
「どうって何!? あー……、王子クン、その顔やめようか。ヤバい。煌めきの圧がヤバい……やめて。クラスの奴にはおれからちゃんと言っておきます、苗字ちゃんにはこわ~いお兄様とおとなりに住む王子様という名のとんでもなく強力なスタンドが背後にいるから生半可な覚悟で狙うのはやめとけって」
「それは重畳。スミくんもいい子だね」
「……愛と静寂と平穏。おれの一番好きな言葉だからねえ」
聞こえてきたのは、気のせいだったかもしれない。
「よーしよーし、ぐっがーる」
「柚宇ちゃん、ぎぶ! ぎぶ!!」
ゲーマー国近の誇るシャイニングフィンガー撫で撫でで、あの後はずっと頭がシェイクされ続けていたので。