アルビレオの領分

春の猟犬

「おっと⁉ 今のは⁉」
 信じがたい瞬間を映し出したスクリーン。身を乗り出して武富桜子は叫んだ。転送直後、ようやく派手な動きが瞳を捉えたのだ。
「変化弾ですね。置き弾を後方、前方、左方、もう一度後方、と丁寧に一つ一つ爆破しています」
 ふんわりと淡い髪色のボブカットとお揃いの色を成す長い睫毛を揺らすことなく、特にどうと言うこともないように解説の那須隊隊長・那須玲が静かに唇を開いた。驚愕満面の桜子とは対照的に、彼女の透き通るような美しい瞳も小波一つ立てることはなく、凪いだままだ。
 背筋をしゃんと正して座り直す。桜子は深く息を吐き、状況整理を試みる。
「チームメイトとの合流叶わず、苗字隊員は弧月マスターレベルの攻撃手二人のサイドアタックに誘い込まれていたようですが……」
 B級ランク戦は、試合開始と同時に参戦する全部隊の隊員がステージ内のランダムな位置に転送される。最速で敵を獲りに行くか。素早くチームメイトとの合流を目指すか。敢えてそれぞれが離れたままトラップを仕掛け、入念な準備後に合流を図り自陣へと敵を誘い込むか。それぞれの得意戦術も大きく変わる。
 弧月マスターレベルを修めた二人の攻撃手が、小柄な射手を追い込んで挟み撃ちしようとした――はずだ。
「はい。苗字隊員は、路地に逃げ込む直前に散らして仕込んでおいた置き弾を変化弾で一つ一つ爆破させ、集中していた自分への注意を真っ先に逸らしましたね」
 ブレード型トリガーの弧月は武器の構造上、弾トリガーよりも射程は伸びないが、高い威力を保ったまま攻撃を撃つことができる。消費トリオン量もぐっと抑えられる。ただし、その分、攻撃手同士で組む接近戦には高度で確実な技術と連携が求められる。無論、得物であるブレードをその手で握ることが大前提だ。腕や手が落とされたら文字通り武器も攻撃手段も失われる。「詰み」ということだ。
「目線が外れたタイミングで即座に迷わず抜剣。初見殺しとはいえ、良い判断だったね」
 眉目秀麗な王子一彰もまた特に何の問題もないように「良い牽制だ」と淡々と言ってのけた。
 びしっと大きく映る破壊跡を指さして桜子は叫んだ。

「牽制? 置き弾を柱ごと旋空でぶち抜いてなぎ倒していますが⁉」

 確かに渦中の人物こと苗字名前が「弧月はじめました」と夏の風物詩・冷やし中華のキャッチフレーズのようにランク戦室で、ちゃ、と弧月を掲げていた姿は記憶に久しい。いい感じの棒を拾ったゴキゲンな小型犬が尻尾を振るかの如く、結った髪をふわふわ振っては通りすがりの弧月使いを捕まえ、フランクにバトルを挑んでいた。桜子が所属する海老名隊の隊長・海老名貴大も彼女と手合わせし、彼女をあっさり三枚におろしてしまったことに対して罪悪を感じていたその一人だ。彼女は庇護欲をそそるほど小柄な隊員なのだ。
 そして、苗字名前は接近戦を苦手とする射手だった。はずだ。けれども、この試合からとうとう弧月を実戦に持ち込んだのだ。

 細い顎の前ですらりと長い両指を組み、王子一彰が頷いた。やはりささやかな驚き一つも含まれてもいない。
 桜子は息を呑む。そういえば、先ほどの苗字の抜剣の所作は驚くほど王子のそれとそっくりであったのだ。彼もこの仕掛けの立役者なのだろう。
あだなは接近戦が不得手だからねえ。あの子に限らず、近接攻撃を苦手とするひとはまずそこに持ち込ませないことを最優先する。自分の得意テリトリーに持ち込めず、踏み込まれた場合は、長引かせないことを選択することが得策だ」
「確かに近接攻撃は、リーチの差が顕著に出るから対峙時間が長引けば長引くほどちっちゃ……ゴホン、失礼しました、小柄な方にとっては不利になりますね!」
 桜子の合いの手に那須もそっと首肯する。
「そうですね。そうした場合、自分の得意領域に素早く上書きするか、信頼できるチームメイトとの合流を待つかが攻略の鍵となりますね」
 変化弾による全方位攻撃『鳥籠』に追い込む戦法を得意とする那須隊エース兼隊長の説得力の強さに桜子は思わず唾を呑み込んだ。
「相手の注意を逸したところで即座に弧月を抜き、旋空弧月で置き弾を爆破解体する。他の攻撃手が追いついたかと彼らの警戒レベルを引き上げたところで腕や足下を狙った変化弾で注意を再び引きつける」
 おさらいをするように王子が清冽な白の手袋に包まれた人差し指を立てた。
「あっ⁉」
「ふふっ。気づきました?」
 悪戯が成功したように那須の淡い瞳に光が宿った。やわらかなそれに一瞬見惚れた。
 がたん――とこれは、桜子が席を立った音だが、少女は立ち上がりながら、声を荒らげた。
「変化弾の射出順! 射出距離! 旋空弧月がギリギリ撃てない範囲だ! さっきからずっと二人はそこから出ないように同じルートをぐるぐる走らされてるぞ⁉」

 拳を強く握った桜子に解説席の二人が麗しい笑みを浮かべていた。
「ええ。攻撃手二人が旋空弧月を狙って撃ったとしても苗字隊員の元にはギリギリ届かない距離を変化弾で足踏みさせていますね」
「ごらん。彼らがぐるぐる周回しているうちにあだなの元にこわ~い飼い主二人が追いついた」
「なんと! 攻撃手二人で挟撃に誘い込むつもりが、実際には苗字隊員の通称『迎撃システム』で走らされて追い込まれていたということですか?」
 苗字たち部隊の得意戦法は、トリオン量にものを言わせた苗字の変化弾と炸裂弾の『迎撃システム』で相手を削り、攻撃手と万能手が確実に仕留めに行くスタイルだ。封じる定番の策としては、『迎撃システム』苗字名前に接近戦を持ち込み、即座に墜とすのが何よりもシンプルで速い。
 その苗字が敢えて接近戦にも対応した。驚かずにいられようか。否、ない。思わず授業で習ったばかりの反語が飛び出た桜子に解説席の二人はやわらかに微笑んだ。
 得意戦法は違えど、苗字と同じ射手ポジションの後輩である那須玲。朗らかに清らかに苗字と二人で弾トリガーに花を咲かせる姿は誰もが一度はラウンジで目撃している。
 苗字の昔からのおとなりさんで幼馴染みである王子一彰。弧月の練習を始めた苗字を無情にも五枚にも六枚にもおろし続けた攻撃手筆頭だ。
 その二人はただ静かに微笑んだ。いつものように。にっこりと。

「ええ。名前先輩をただのサイドエフェクト保持者の小型犬と侮ると痛い目を見ます」
「そうとも。あだなを少しだけ物覚えの良い小型犬だと侮ると喉笛ごと食いちぎられるだろうね。あれほど小さくて賢くてすばしっこくて可愛い猟犬はそうはいない」

 王子一彰の静かなテノールが、会場の空気を制した。
「さあ、狩りの時間の始まりだ」

「あ、はい」
 息と唾と、もう一つ。那須玲と王子一彰の微笑みから滲み出る重圧を呑み込んで、ようやく桜子は頷いた。スクリーンでは、隊長と隊員とようやく合流できた苗字がほっとしたように頬をふにゃりと緩ませている。

***

「よーしよしよし。ぐっがーる。うちの自慢の可愛くて賢い迎撃システムちゃん、追い込みご苦労」
苗字ちゃん、よくやった。あとは俺たちの仕事だ」
「先輩! 待ってました! 怖かったんですからね! すっごく! マスター持ちは怖いなんてレベルじゃないですよう! あと小さいはいらないです!」
「うん? 常々うちの賢くて頼もしい自慢の子だとは思ってはいるが、小さいだなんて言ってないぞ」
 わしわしといつも通り二人に代わる代わる頭を撫でられたまま、名前はまばたきを繰り返した。
「あれ? そうでした?」
 名前は首を捻ると、大きくて頼もしい先輩二人の背中の後ろ――定位置にそっと隠れた。弧月を練習していたとはいえ、やはりこの位置が一番安心できるのだ。オペレーターからもお褒めの言葉をもらい、少女はようやっと安堵の息を吐く。
 そして、この部隊で臨む最後のランク戦シーズンの火蓋が切られた。


あとがきなど

Twitterで那須さんに先輩と呼ばれて微笑まれる小ネタを呟いたところ、フォロワーさんに喜んでいただけ、ハートに火が点いて一気に錬成した掌編その2でした。
可愛がっている小犬の窮地に静かに怒る後輩と幼馴染みから得られる栄養素が、ここにはある。大事な後輩と自慢の幼馴染みに解説されるランク戦。これぞBIGドリーム。あだなは「先輩」と呼ばれると無条件に懐く小動物です。那須さんとの素敵鬼燃え感想に燃えに燃えてしたためました。ありがとうございました!