To be or not to be,
右に手を伸ばしては下げ、左に手を出し直して下げる。また右に手を上げては止め、左に手を伸ばす――
「ループ漫画か?」
よく澄んだ声が上から降ってきた。
びくりと肩を上げた紗耶に、そのひとは笑ってみせた。ニカッと。チョコレート色の丸いボブヘアを軽く揺らしながら。
「よ!」
「ののせんぱい……こんにちは」
「おう! サーヤ、どうした? 元気がねぇなあ。羽矢風に言えば、霊圧消えかけてるじゃねえか。ん?」
藤丸ののは眉間に深い影を刻み、少し屈んでこちらの顔を覗き込んだ。いつも屈託なく明るく笑い、迷える後輩の背を押してくれるこのやさしい先輩を悩ませるのは本意ではない。
紗耶はのろのろと顔を上げ、指さした。
「とぅーびー、おあのっととぅーびー、ざっといずざくえすちょん、なのです」
雪のような口どけを楽しむチョコレート。秋冬の風物詩と謳われている菓子が本日より今季発売開始となったのだ。プレミアムなショコラか。フルーティで濃厚な苺か。どちらから晩秋を味わうか。それが問題なのだ。
きょとん、と目を瞬いたそのひとは、すぐに口角を大きく吊り上げた。
「甘いな」
「はい。贅沢な口どけのチョコレートだって今年もCM流れてますね」
「甘いなサーヤ」
二回のたまうと、そのひとは細い右指でプレミアムなショコラの箱をさらい、華奢な左手でフルーティで濃厚な苺のパッケージを掴んだ。返事を待たず、紗耶に背を向ける。そして、高らかにヒールを鳴らし、歩いていく。
「のの先輩!?」
紗耶が慌ててその背に声を投げる。
「迷うくらいなら両方いっぺんに美味しく食えば良いじゃねえか」
「……」
目も口も丸く開いた紗耶に、そのひとは思い切り笑いかけた。
「おめーも手伝えよ? あたし一人じゃ食いきれねえんだから」
「…………」
「返事ィ!」
「はい!」
しゃんと背筋を伸ばした紗耶に藤丸は百点満点花丸の眩しい笑みを咲かせた。
「おう。じゃ、おめーは外でいい子にして待ってろよ。これから
キャメル色のノーカラージャケット裾を翻し、そのひとはセルフレジへ向かっていく。軽やかなヒール音が店内の空気を揺らした。小さい――というわけではないが、特別大きいわけではないのにその背は今はとても大きく見えた。
「は、はい! 三橋、了解! のの先輩、ありがとうございます!」
人差し指と中指を立て、ちゃっと振る先輩に紗耶は敬礼した。
紗耶も足早に自動ドアの向こうを目指した。
外に出て、大きく呼吸する。甘く爽やかな空気が胸を満たす。橙色の星を散りばめたような花が陽光に照らされていた。二度咲きの金木犀だ。
「おーす! いい子にしてたか?」
なんということもないようにゆったりとした足取りで店を出たそのひとは破顔した。それから華奢な手のひらを伸ばすと、紗耶の頭をわしゃわしゃ撫でた。
へにゃり。紗耶は眉も頬も緩むのにまかせた。のの先輩にはいつだって敵わないな、と。