トリオンビルドファイターズ
「『トリオン兵つくーる』」
かろうじて音になったそれは、なんとも間抜けな響きをしていた。声に出せるまで目で三度はなぞる必要があったし、分かるようで分からなかったのだ。
にっこり。顎の下で両手を組み直し、幼馴染み殿がいつも通りの美しいスマイルを浮かべた。淡い髪色に浮かぶ天使の輪が光を散らした。
「ええと、つまり、ぼくたちのいのべーしょんする最強のトリオン兵をびるどしてふぁいと……したの? テストで?」
「うん。トリオン兵のあったらいいなをカタチにするテストだからね」
全容を掴めないまま反射的に声が出た。怪しいカタカナ語ばかりで構成されたそれに一彰は笑みを深めた。面白がっていらっしゃる。
紗耶は大きく咳払いをして、姿勢を正した。一彰のペースに呑まれないよう、きりりと眉を引き締める。王子家とのお隣さんレベルも一彰との幼馴染みレベルもめきめき上がっているのだ。着実に学習もしている。はずだ。
紗耶も努めて口角を上げた。
「それはまた面白いテストだね」
「そうだろう?」
一彰のよく磨かれた翠緑玉の瞳が、やわく弧を描いた。ゆっくりと。
「サーヤだったらどんなトリオン兵を考案するのかな?」
甘くてやわらかいのにどこか癖のある、清涼感のある薄荷の香りも静かに落とし込んだような笑み。その笑顔に紗耶は勝てた試しがない。
「もう一回説明してもらえるか?」
「あったらいいなのトリオン兵をいのべーしょんしてびるどしてみたらこうなりました」
困ったように眉を寄せた蔵内和紀を見上げ、紗耶は口を尖らせる。
「うーん……」
「"完璧"とは"絶望"だって言うじゃないですか!」
机に突っ伏す王子一彰を視界に捉え、なにやら鉛筆を走らせていた橘高羽矢が深く大いに頷いてくれた。三十四巻を紗耶ちゃんが無事に読めて嬉しいわ、と。
「かいちょーだってあんなに笑わなくても良いと思いませんか思いますよね思うでしょう!?」
「俺はもう生徒会長ではないのだが……」
眉を吊りあげて目に炎を滾らせた紗耶に蔵内はますます声も頬も引きつらせた。確かに卒業式は今月初めに終えている。しかし、歴代生徒会長と同様に彼の肖像画も生徒会室に飾られているはずなのだ。一番新しいものとして。
肩も声も指も震わせた一彰が、姿勢を僅かに正し、腕を伸ばした。骨ばった長い指先が、液晶画面をスワイプする。スクリーンに大きく映し出されたのは――三橋紗耶のあったらいいなをカタチにビルドしたトリオン兵であった。
そのトリオン兵は、金色に輝く大きな剣を両手に携えていた。剣型トリガーには龍が鎖の如く絡みついている。完璧だ。絶望を与えるにふさわしいフォルムである。
頤を骨ばった指で押さえ、蔵内が呟いた。
「観光地の土産店でよく見る剣と似ているな」
「魔界のドラゴン夜光剣キーホルダーじゃない! 装備するだけで全ステータスが上昇したり暗黒属性が付与されると昔から界隈で話題の……あら?」
「どうしました?」
早口で解説した橘高が目を丸くした。それを見た蔵内が首を捻った。
「いえ、王子くんが鍵に付けてるキーホルダーとよく似てるなって」
がたん。
「紗耶ちゃん!?」
「どうした?」
二人が何やら気遣うような声を掛けてくれている。けれども、紗耶には返事ができなかった。今はただ、頭を抱えたまま机に突っ伏すことしかできない。
指摘されて紗耶も初めて気づいたのだ。紗耶があったらいいなとカタチにしたそれは、中学校の修学旅行の土産として、幼馴染みの一彰に渡したものとそっくり同じフォルムだと。黄金色に煌めく魔界のドラゴン夜光剣キーホルダー。中学に上がってからなにやら尖った彼に世界で一番ふさわしい、考え得る最も格好良くて強いものを贈ろうと土産店で紗耶がほくほく購入したものだ。
昔からとても賢くてとびきりやさしく、たったひとりの自慢の幼馴染みさまが三年も前に贈ったキーホルダーを今も大事に使ってくれていることはありがたいし、嬉しいし、誇らしい。けれども――
紗耶のあったらいいなのイノベーションは中学生の時分から一ミリたりとも成長できていないことが分かり、打ちのめされたのだ。居たたまれないものがある。
「紗耶は本当にいい子だなあ。そういうところ、これからもずっと大事にしてほしい」
しみじみと感じ入るように一彰がなにやら言ってくる。
「あっくん、知ってる? 剣を握らなければおまえを守れない。剣を握ったままではおまえを抱き締められないって……」
紗耶はそれだけを告げ、机に力なく突っ伏した。くつくつと一彰の立てる明るい笑い声が空気を震わせている。
「受験お疲れ様、サーヤ。戦いを終えたきみがあの漫画の一気読みを満喫できる暖かい春の到来は何よりも勝る喜びだね」
「きょうえつしごくにぞんじます。でも、大爆笑しながら言われてもあまり嬉しくないです」
「おや、それは失敬」
「あっくん」
「なあに」
「遠征選抜試験、お疲れ様」
一彰が再び声を立てて笑った。きみは本当にいい子だねえ、と。
火照る頬に最接近している机の冷たさだけが、今の紗耶にはやさしかった。
あとがきなど
原作238話で本格的に登場する「トリオン兵つくーる」の答え合わせ前に書きました。齟齬があったらごめんなさい。このシリーズの羽矢さんと紗耶さんは『BLEACH』をこよなく愛する読者です。