盛大につまびらかに
向かいに座る二人を眇め、水上敏志は欠伸をした。
淡い色の髪をふわりと飾る天使の輪は、宗教画の如く彼を明るく照らしている。翠玉の瞳に煙るような濃い影が落ちているのは、彼の睫毛がなにやら長いことにほかならない。
隣に座る小柄な少女もまた少年に負けず劣らず、可愛らしい顔立ちである。色素が薄く、野薔薇やらなにやら野山にひっそりと咲く小さな花に喩えられるような可憐さではある。が、表情がくるくる変わり続けているし、高く結った髪も少女の所作と表情に従い揺れたり跳ねたりを繰り返している。控えめに見積もっても主人の帰りを待つ小型犬が尾を揺らしているようにしか見えない。
果てしなくとてつもなく絵になる二人である。二人並ぶとラウンジが華やかで優雅で何やらロココでロイヤルな作画に変わると言っていたのは我らが生駒達人隊長であった。また一人、また一人、と通路を通る隊員が二人を視界に捉えては、深く吐息して近寄っていく。と――
またしても勇気あるC級中学生隊員が二人に話しかけ、彼らもまたにこやかに応じた。少女が表彰状授与のポーズで厳かに橙色の小袋を進呈する。中学生たちがぱっと顔を赤く染め、包みを恭しく受け取った。そして、包みを見ては二人を凝視し、これまた包みを解せない顔で確認し、首を傾げたまま帰って行く。
「……王子も三橋ちゃんも楽しいか? いたいけな中学生困らして」
「みずかみんぐ」
「水上くん」
美しい顔立ちの二人――王子一彰と三橋紗耶が同じ瞬間、同じ角度、同じ速度で首を傾げた。長年の幼馴染み同士との話だが、あまりのシンクロぶりは正直戸惑うものがある。水上は顔を思い切り退いた。
「人聞きが悪いなあ」
「そうそう。困らせてはないよねえ。生産者明らかにしてるもん」
「そうとも。おそらくは」
「うん。たぶん」
「…………」
これまた同じ角度で反対側に首を傾げる二人に水上は返事をすることをやめた。が、
「それはそれとして。みずかみんぐ――」
王子が構わず話しかけてくる。そういう男である。相手は静かに小首を傾げた。頬に掛かっていた彼の淡い色の髪が揺れ、光が散った。
「今日は随分キュートな出で立ちをしているね」
「うん。水上くん、ノッてる?」
にこにこと邪気のない笑顔で二人はこちらの頭頂部一点を見つめている。
「ちゃうねん」
「ちゃう?」
「ちゃうちゃう」
「なるほど。チャウチャウではない、と」
至極真面目な面持ちで頷く王子に、三橋もきりりと眉を引き締めた。
「確かに。完全な円形ではなくて、そこはかとなく尖っているからチャウチャウではなさそう」
「ちゃうねん。この猫耳カチューシャはハロウィンの不可抗力というか、後輩の頼みもイコさんの期待も断るわけにはいかんというか……。隊で俺だけが参加せんのも気まずさ飽和問題とか色々あるんや。大人には」
「ははは。みずかみんぐも哀しき中間管理職だなあ」
「うんうん。セツナイ秋の思い出だねえ」
朗らかに言ってくる二人に彼は長々と息を吐いた。
「俺のことはええねん。むしろ、王子と三橋ちゃんこそ、この手のイベントにこう……」
くるり、と人差し指を回せば、三橋が目を輝かせた。
「ノッてる?」
「そう。それ。二人とも張り切って乗っかりそうなもんやのに。なんや意外やなあ。俺が言うのもアレやけど、仮装めいたこと一つもしとらんな」
「甘いなあ。みずかみんぐ」
「うんうん。このクッキーよりは甘いかも」
ふふふ、えへへと微笑んで二人がまっすぐとこちらに向き直った。
「うん?」
「つまり、ぼくとサーヤは既に仮装しているというわけさ」
「そういうことだよみずかみんぐくん」
「いや、呼びにくいやろそれ」
二人は胸を張った。当ててみろ、ということらしい。
ひとまずまじまじと見やる。次いで、矯めつ眇めつする。
けれども、どう見てもどう見積もっても王子一彰は三門一高の学ランで、三橋紗耶は六穎館高の制服姿のままだ。二人は両手でひらひら机を示してくる。
汁粉にコーンスープ、コーヒーにココア。期間限定フレーバーの紅茶。あったか~い飲み物が所狭しと並び、その中央になにやらでかい犬のぬいぐるみがででんと鎮座している。ノリノリでパーティーをしていらっしゃる。
「召喚の儀式?」
思わず呟けば、二人が巨大な息を吐いた。
やれやれ、とでも言うように王子一彰が、大仰に肩をすくめた。三橋紗耶もがっかりだなあというようにかぶりを大きく振った。ふわふわ結われた髪が揺れた。
当てる気などさらさらなかったが、こうもあからさまに期待外れのポーズをされるとなにやら苛立つものがある。
王子が犬のぬいぐるみを撫で、ピースサインを作った。
「どうも。登校前に一番くじを当ててしまったひとです」
「どうも。自販機の飲み物が根こそぎ出てきたひとです」
汁粉ドリンクを両手で大事そうに三橋が抱え込む。
「あー……地味ハロウィンか。また面妖な」
「地味がコンセプトだからね仕方ないさ」
「うん。地味ハロウィンなので」
「地味ハロウィンなあ……」
あまりにもささやかすぎて補足説明がないと正体が皆目見当つかない。中学生隊員が二人に近寄っては、解せない顔で去って行ったのはそういうことであったらしい。
「水上くん、これ、よかったら。生駒隊の皆さんと食べてね」
自販機の飲み物が根こそぎ出てきたひとこと三橋が橙色の包みを五袋差し出してきた。
「おおきに。うおっ」
ずっしりとしたオレンジ色の包みを五度見した。白衣を纏ったやたらと顔の麗しい男がきらきらしい笑顔を振りまくシールが貼られていた。七色に輝く流麗な文字ででかでかと「私が作りました」と印刷されている。凝視する水上に、やんわりと声がかかる。
「びっくりさせてごめんね。生産者を明らかにするのがマナーだってお兄ちゃんが」
「口さえ開かなければ」という枕詞も必ずセットで知れ渡っている美しすぎるエンジニアこと三橋柊介の妹――三橋紗耶がやや困ったように眉を下げた。
「みずかみんぐ、予防策だよ。JKが手作り品を譲渡するとあらぬ誤解を招きかねない」
登校前に一番くじを当ててしまった解説席のひとが片目をぱちんと閉じてみせた。