今日は何の日
「倫ちゃん! 見て! 良いもの拾った!」
高らかに両腕を天に突き上げる。
長さ、厚さ、重さ、色、ツヤ、すべての黄金比が整った“いい感じの棒”を掲げながら。バックグラウンドミュージックには、太陽煌めくアフリカの大地にサバンナの王として君臨するライオンの壮大なミュージカルのあの曲をリクエストしたい。
「紗耶。藪から棒にもほどがあるでしょ」
加賀美倫はぱちぱちと長い睫毛を上下させた。
「うん。そこの藪に落ちてた」
今日は防衛任務も進路指導面談もない。本部に寄るつもりはなかった。けれども、こんなにも絵に描いたような理想的にナイスな形をした棒を拾ったら真っ先にアーティストな加賀美の顔が浮かんだのだ。試しに連絡をしてみたら本部ラウンジに来ていると返事があったので、紗耶も駆けつけたのである。
後ろから呆れたような声が降ってきた。
「あるのかよ。藪から棒って本当に」
「山田くん、荒船くんに座布団を」
ペットボトルの茶を片手に一句披露してくれた荒船哲次に笑いかける。彼は何故か引きつったように犬歯を見せてくれた。
「良いところに来たな。三橋」
「うん?」
紗耶が目を白黒させれば、荒船の隣にそびえ立つ穂刈篤が厳かに頷いた。
「食うといい。昨日の礼だ。クッキーの」
カルシウムと鉄分たっぷりのウエハースを差し出してくる。こちらに。
「感謝します。兄と二人で山分けに」
きりりと眉に力を入れ、紗耶は両手でハロウィン返礼品を恭しく受け取る。
「二人してなんでいちいち五七調」
「荒船につられたんだろ俺たちも」
穂苅が大きく瞬きを返した。紗耶も深く首肯した。
荒船もなかなかノリが良い。たまらずに入れてきた指摘まで五七調であった。
吹き出したくなるのを堪えていたら声をかけられた。開発室に務める兄の同僚だ。しっかり食べなさい、と大入り袋を持たせてくれた。小魚とアーモンドが半分ずつ入ったおつまみにもおやつにもなるチップスだ。紗耶に渡すなり満足そうに頷いて、踵を返した。
「どうしたの? 狐に抓まれたみたいな顔して」
授与されたままの姿勢の紗耶に加賀美が声をかけてくれた。
「うん。今日も何故かおやつをよくもらうなあって。入口からここまで偶然にも巴くんと一緒になったんだけど大量で。今日はハロウィン二日目だったのだ?」
巴虎太郎と別れるまでの間、何故か本部や開発室の大人たちから声をかけられ、魚肉ソーセージにいわしチップス、骨型ビスケット等、次々と持たされたのである。皆にこやかに「大きくなるんだぞ」と朗らかに笑みを浮かべて。
たまらずに頬を緩めると、加賀美と穂刈が微笑みながら頷いてくれた。孫を見守るグランパのような顔つきだ。荒船だけは何故か虚ろな目つきで一歩後ろに下がっているが。分からずに首を傾げると涼やかな声がした。
「ごきげんよう紗耶ちゃん。今日も良い日ね」
「加古先輩こんにちは。はい! 皆さんのご厚意で何故かおやつをたくさんいただいて素敵な日になりました。カナダ時間で今日がハロウィンだからですかね」
敬愛する射手の先輩・加古望の橄欖石に似た双眸に光るものがあった。今日は何の日かしら、と小首を傾げた加古の髪が揺れ、甘い香りに鼻をくすぐられる。
「十一月一日。ざ・ふぁーすと・おぶ・のーべんばー」
加古は艷やかな唇の笑みを深めて「もう一声」と言った。たおやかな右の人差し指と中指、左の人差し指を立てながら。十一と一。一が三つ並んで――
「わんわんわん?」
「グッガール。紗耶ちゃん、今年も良い犬の日を過ごしてね」
大輪の花が開く麗しい笑みを浮かべ、加古は紗耶の頭を撫でてくれた。そして、紗耶にジャーキーを持たせるなり、風と共に去りぬ。手に残ったのは、ちょっといいとこのジャーキー。目に映るのは、微笑む加賀美と穂刈。それから更に十歩、否、十一歩は後ろに遠ざかった険悪な顔つきの荒船。
答えは、そこにあった。今日十一月一日は――犬の日だったのだ。